伊東が襲われたという連絡がきたのは、夜が明けきらない早朝だった。

襲われたのは数日前。犯人の逮捕はまだ。先程伊東の意識が戻った。その伊東たっての希望で私に連絡をした。

淡々とした口調の相手は、私にそう告げるだけ告げて、電話を切った。

監察には監察の仕事がある。役割も承知している。でも、秘密主義にも程がある。

この時間だろうと連絡を貰えただけでも有り難いのだろうけど。最悪の目覚めだ。

隣で寝ている土方君を起こさないようにそっと布団から抜け出し、舌打ちを堪えながら直ぐに病院へ連絡。面会時間を聞く。

ところが、伊東の名前を告げると、相手の声色が変わった。

当分の間は面会謝絶、だそうだ。


「じゃあ、後日改めて伺います」

「あの、失礼ですが、お名前は?」

「…棗です。職場の方から、ご連絡を頂いたものですから」

「ああ、あなたでしたか。実は、今さっき、伊東さんからご伝言をお預かりしまして…」




今日は土曜日なので、仕事は一応休みになる。

土方君は仕事があるとかで、朝、ワイシャツに袖を通した。それも、仏頂面で。

その為、今日もまた一緒にいられそうにないが、私は私でやる事がある。土方君と一緒じゃない方が、都合が良い。

早速、土方君と一緒に家を出て、一旦自分の家へ戻った。そして、着替えを済ませてから再び外出。新宿へ向かう。

それから、用事を足し、買い物を済ませ、新宿の西口にある公園のベンチに座ると、時刻はもう午後二時を過ぎていた。


間に合った…?


カップル、寝ているホームレス、土曜日出勤で疲れているらしいサラリーマン。

辺りに目を配ると、関係のない人間はそこら中に見かける。でも、目当ての人物はどこにも見当たらない。

そのまま待っていると、その人物は、それ程時間を置かずにやって来た。

聞いてた通りだ。ここはまだ散歩コースであるらしく、傍らでは小さな犬が大人しく歩いている。

そして、私と目が合うなり、真っ直ぐに私の方へやって来た。

隣へ座る際にも、躊躇いがない。

それから、早速犬を抱き上げて、撫でた。

面子を重んずるやくざが人前でやる事ではないが、これにも躊躇がないのは、習慣化してるからだろう。

犬バカは少しも直っていないらしい。


「のぉ、めるちゃん。ここで少し休もか」

「顔と口調が合って無さ過ぎて怖い、って誰かに言われた事無い?」

「…うるさいわボケ」


互いに目を合わせないままではいるが、久しぶりに会った人間同士の挨拶にしてはこんなものだろう。

世間話もそこそこに、勝男の方へ買ってきた袋を押しやった。

袋も箱も全て高級ブランドの物。しかも、勝男がここへ来る前に、貴重な日本酒が何本か事務所に届いてある筈だ。

数日前に自分のシマを荒らした女が渡す物だ、理由は分かるだろう、が。警察官から渡される物となると、訝しむのも当然か。


「あんたにじゃなくて、そちらの可愛いらしいお嬢さんにと思って」

「…久しぶりに嫌な顔に会うたと思たら。この前の詫びか知らんが、ええんか?警察が真昼間からやくざ相手にこんな真似して」

「いいの。それ、首輪なんだけど、あんたの首に嵌めるには小さすぎるでしょ」

「公僕(いぬ)に首輪を貰うやくざか…つまらん冗談やで」


意図せず勝男のシマを荒らしてしまったが、これで少しは格好がついた。

ただ、相手は所詮やくざ。下手に下手に出ると、付け入られる隙を与える事にもなりかねない。

この件で詫びを入れるのは、これで終わり。これ以上、深入りはしない。絶対に。

ただし、深入りを避けるのと、何かで使えるかもしれない疑問を疑問のままにしておくのとでは、意味が違う。

溝鼠組は昔気質のやくざで、クスリはやらない筈だった。

それが何故。


「あんたんとこっていつから薬も扱ってたの?」

「わしかて知らんかったわ。せやから、わしらの監視が行き届いとらんかっただけで、あんたが悪いわけやない。警察から聴取は受けるやろうけど、わしらは一切関わっとらんからの、大した事にはならんやろ」


あの店の従業員や、私に絡んできたガキ共をどうするのかは聞かなかった。

勝男達を欺き、クスリを扱ってた事実を隠してたのだから、腕や足が一本無くなる事くらい当たり前だ。

やくざを欺いた末路なんて、知った事ではない。


「ところで、聞いてもええか?」

「何」

「最近、官僚や政治家が次々に病気で死んどるやろ。その中のある人物の死体を、ニュースになる前日に見た人間がおる。現場には警官もおったそうだ。でも捜査はされとらんようだし、ニュースだと病死扱い。何故か死体も消えてたらしい」


確かに、最近、政治家や官僚が相次いで亡くなっている。

長官の名前で香典を出しに行った事も、ここ数週間で何度かあった。

でも、そんな話は初耳だ。噂すら聞いた事がない。

どこで誰がと聞いても、勝男はこれ以上詳しい事は言わないだろう。

隠居間近だと言われている歌舞伎町のやくざの大元締めである次郎長の後を継ぐ男。そう言われるだけあって、勝男は警察の動きと歌舞伎町の秩序を心配しているのかもしれない。

強面で、やくざには違いないが、意外に男気のある男だ。

犬を可愛がっている姿からは、想像もつかないが。


「何か分かれば連絡する」

「すまん」


メルちゃんが甘えた声で足に擦り寄って来たが、そろそろ時間だ。

頭を撫でてから立ち上がると、来た時よりも影が濃く長く伸びていた。




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