「さーかーたー」
「………」
「ちょっと、寝てんの?起きてんの?」
「…うるせぇな。後から行くって」


馬鹿共と日曜の夕方まで一緒にいて、やっと一人きりで迎えた翌日の月曜の朝。週の初めを迎える為に十分眠った筈なのに、目覚ましが鳴ってもやる気が起きない。しかも眠い。
でも、私は社会人だ。飲み過ぎて頭が痛くとも、散らかった部屋を見て布団に戻りたくなろうとも、目覚まし通りにちゃんと起きて、腫れぼったい顔を誤魔化す為に何とか化粧をし、混んでる電車に乗って、仕事の為に会社に行かなければならない。それが社会人であり、大人の在り方というものだ。だから当然遅刻はしなかった。
坂田はというと、散らかった坂田の部屋を私と桂とで片付けておいたので、私の家のお風呂に入って帰っからはずっと眠れてた筈。なのに、念の為にと思って朝玄関のチャイムを鳴らすと、私以上に低いテンションでそうしてウザがられた。だから一人でさっさと会社に行くと、後から会社に来た坂田はぎりぎりの時間に着いたようで、髪の毛は普段より若干ぼさぼさ、目は完全に死んでいる。大きな欠伸をして歩く坂田を捕まえて注意をしたところ、昼に近くの公園で寝る、と言ってはいたものの、夕方を過ぎても公園にいそうな状態だった。
飲んだ量を考えれば、そうならざるのを分からなくもないが、私のバックにライターを入れたまま帰ってしまった高杉と昼に会う約束をしていた私は、そんな坂田を目の前にして、思わず溜め息を吐いた。
というのも、高杉の事は嫌いではないが、実は、昔、酔った高杉に襲われかけた事があって以来、高杉と二人きりで会うのをなるべく避けるようにしている。その上、数々の女を泣かせてきた女の敵である男と好き好んで会う理由もなく、そこで坂田を誘おうと思ったからだ。

でも、どうせお昼に出た足のままお使いを頼まれてるし、坂田はそんなだし、高杉と会うのはランチの時間の一時間と決めてあるし、高杉が奢ってくれると言うので、半分死んでる坂田は誘わず、昼になって待ち合わせ場所へ一人で行った。
それから会った高杉に連れて行って貰ったのは、小洒落たカフェレストランだった。女にモテる上、遊び歩いてるだけあって、高杉は女の私よりも良い店を沢山知っている。高杉に今まで教えて貰った店の中で、今までにハズレはない。現に、この店も、雰囲気がいい。インテリアがいい。料理の値段も高くはない。
感心しながらその店のお薦めだというラビオリを頼んだが、雰囲気を楽しむでもなく、味を堪能するでもなく、高杉とただただ喋って時間が過ぎた。昨日まで散々喋ったくせに、丸々一時間、また下らない会話で時間を潰した。
しかも、ライターを渡しそびれた。


…一体何で会ったんだか


気付いて自分を責めるまで、高杉と別れてからものの数分。
どうせライターなんて沢山持ってるだろう、と掌の中のライターをもう一度バックに入れ直し、気持ちを切り替える。私がここにいるのは午後のお使いもあるからだ。仕事モードにならないと。

そこで駅へ向かって歩いていると、土方君を偶然見かけた。
似ている人かも。何でこんな所で。と自分の目を疑ってみたが、何度見ても外見は土方君で、煙草を吸おうとしているのか、灰皿が置いてある小さな喫煙所で、唇に煙草を挟みながら、マヨネーズの容器の形をしたライターをいじっている。でも中々つかないようで、眉間の皺が段々深くなっていく。
これが高杉なら間抜けだと思ってただろうけど、土方君はそんな姿ですら様になっているので目を離せそうにない。それに高杉が煙草を吸う時は外なるべく離れて吸って欲しいし、格好いいとも思わない。坂田の部屋で皆で飲んでた時も、ベランダで吸ってもらってたくらいだ。けど、土方君は何故か別。側で煙草を吸われてもいいと思えるから不思議だ。
土方君には悪いが、まだライターが付かない事を祈りつつ、誰も立ち止る人がいないのをいい事に、そっと近付いた。


「これ、良かったら使って」


高杉に渡しそびれたライターを出来るだけスマートに渡せたか客観的には考えられない。さりげなく笑えてたのかどうかすらも覚えてない。それほど緊張した。でも、土方君は目を大きく開けてライターを受け取ってくれた。そして少し遠慮がちに横にずれた。私も吸うと思われただろうか。勿論、土方君は私が煙草を吸ってようが興味はないだろうけど。
土方君は火が付いた煙草を吸うと、満足気に細く白い煙を吐いた。


「引っ越したもんだから他のがどこかにいっちまっててよ。悪り」
「あ、うん、気にしないで」
「…あんた、俺と同期だよな。あの天パと仲いい…」
「いや、別に仲良くないから」


嬉しい事に、同じ会社の同期だという事は覚えて貰ってるようだ。ただ悲しい事に、坂田との事をすっかり知られてもいる。でもそんなんじゃないんだけど。勘違いしないで欲しいんだけど。周りならともかく、土方君にもそう思われてるんなら嫌だ。心外だ。
でもそれをきっかけに色々と話をした。坂田とは別に仲が良くない事。今からどこへ行くのか。どんな仕事をしてるのか。煙草を吸わないのか聞かれたが、私は煙草を吸わない事。これは友達のライターだという、そんなどうでもいい事まで。
それは、ほんの数分、もしかしたらたった数十秒だったかもしれない。土方君にとっては明日にでも忘れるような些細な時間だったかもしれない。でも私にとって、ほんの少しだけ土方君の事を知れたその時間は、疲れとだるさを吹き飛ばすには十分な時間だった。







その日の夕方。家に帰って、私が爪を気にしながら作った焼きそばを食べた後に、私よりも先にお風呂に入り、今はもう寝転がっているだけの坂田にその事を話すと、我が家のアイスノンを頭に乗せながら、坂田は普段以上に虚ろな目で聞いていた。返事も曖昧で、どうでもよさそうだ。それも、物凄く。
昔からそうだが、坂田は私がする恋の話にはあまり興味を示さない。腹の足しにもならない話を敢えて聞く必要がないからだろう。反対に、私がその人と上手くいかなくなると、何故か坂田から何らかのアクションがある。例えば、ある時は用もないのに電話してきたり、いつかは「何、またフラれたわけ?」と前置きも無しに聞いてきた事もあった。かといって、人の不幸を面白がる下衆なところはあるが、それにかこつけてバカにするような最低な人間になりきれないのが坂田で、大概慰めてくれた。言い方を変えれば、いつもそれとなく気にかけてくれていた、と言える。
だからこうした反応は今に限ったことではないし、それが分かった上で少し話してみたが、無反応な人間相手に話をしても面白いわけがない。お風呂に入っても落ち着かなかった浮ついた気持ちが、一気に冷めていく。


「あのさー、お風呂入ったんだから帰れば?」
「そうすっかな。こんなつまんねー話聞いてたって何の得にもならねぇし」
「うん、帰れ」


坂田は本当に興味がなさそうに呟いた上、素直に立ちあがってちらりとも私を見ようとしない。じいっと見られたら見られたで困る、けど、家に来てるくせにどうでもいい友達以下の存在に扱われているようで、ムカつく。さっさと帰れ。
冷めた視線とは反対に、頭を掻きながらアイスノンを床に置き、重い足取りで部屋を出た坂田を呼び止める声に思わず力が入った。
料理はそれ程得意ではないが、アイロンがけなら人並みに出来る。坂田のワイシャツがあまりにも皺だらけなのを見るに見かねたのと、形状記憶という利便さもあって、自分のハンカチにアイロンをかけるついでに坂田のワイシャツにもアイロンをかけてるのだが、綺麗になったワイシャツを渡し忘れてたからだ。
うん、よし。目立つ皺はない。あっても坂田は文句を言わないだろうけど。
玄関のドアを開けて、大きな欠伸をしながら待ってた坂田だが、私が持つワイシャツを見て今日初めて我に返ったかの様に表情を緩めた。
さっきまでずっとつまんなさそうにしてたのに。それに、頭、痛いんじゃなかった?ほんといい性格してる。それを見て、またアイロンがけしてやるか、と思う私もいい性格だ。


「悪ぃな。明日なら飯作ってやれると思うから、何がいいか考えとけよ」
「いいよ、別に」


夕飯を一緒にとるのが既に当たり前になっている。お風呂に入りに来るのが日常の一つになっている。小さな頃から知ってるし、彼氏彼女を名乗る時があったりもしたが、幼馴染の立場のままお隣さんでいる今が一番坂田との密度が濃いかもしれない。
ドアが開いたままそんな話をしていると、隣のドアの側で影が動いた。坂田とは反対に住んでいる、正体不明のお隣さんが帰って来たらしい。が、お風呂上がりである私達を見られて変な勘違いをされては困る。坂田だってきっとそうだ。あまりない人気が完全に無くなってしまう。
今ならまだ間に合うかもしれない、と、どんな人か見るより先に、そんな思いが先立った。持っていたワイシャツに皺が付かないようわざわざ右手から左手に持ち替えて、空いた右腕で坂田の腕を掴む。二人の今後がかかってるとなると、自然と力が入ってしまうのも無理はない。


「ちょ…っ、待って!」
「んだよっ、いきな…あれ」
「え」
「………」


坂田が目を合わせてしまったお隣さんを思わず見てしまう。
すると、その人とばっちり目が合ってしまい、私の体は周りの固まった空気以上に硬くなった。

隣の家のドアの鍵を開ける手を止めて、こちらを見てたのは、…あの、土方君だった。

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