「よお、銀時。どうだ?社会人になった感想は。吉乃と同じ会社なんだろ?」
「どうもこうもねぇよ。てめーこそどうなんだよ、プー太郎が」


そんな軽口から始まった高杉との世間話は、結局、どうでもいい雑談にしかならなかった。というのも、高杉が本来聞きたかったのは、俺と吉乃の今の状況だったようで、俺自身の近況には殆ど興味を示さなかった。だから、いちいち吉乃の名前を出しやがる。そして吉乃に関する俺の適当な答えには聞き入った。
その好奇心は一体どこからくるのか。だが、覚えならある。
高杉は昔、俺がいなければ吉乃と付き合ってモノにしたかった、と堂々と俺に告白してきた事があった。そのわりには吉乃を「可愛気のない女」と思ってるようだし、元々高杉のタイプでもない。それに、高杉の女癖の悪さと、柳の枝の様な掴みどころのなさをずっと間近で見ていた吉乃は、高杉を「女の敵」とみなしている。そしてそれを公然と口にし、非難する。高杉はそんな吉乃をわざわざ相手にする程の物好きではない。
だから、俺がいなければ付き合ってた云々という高杉のその話は、枠にはまらない付き合い方を続ける俺へ発破をかける為の方便だったのかもしれないが、酔っ払って吉乃に襲いかけた事が一度だけあったりしたようで、それが本当の事だったかどうかは、未だに分かっていない。
それに、高杉と吉乃だっていい年した大人だ。どうなろうと俺には関係ない。…といいたいところだが、吉乃の体を開発する男は身近な人間よりも、俺の知らない男の方がいいし、吉乃に俺と高杉を比べられるのも、高杉に俺のあれやこれらを何となく知られるのも嫌だ。第一、幾ら兄弟同然で育ってきたからといって、穴兄弟にまでなりたくない。それは流石に勘弁してくれ。

それらの事が頭にあったので、俺達が隣同士に住んでるのをまだ知られていないと知り、少し意外に思った。たまに連絡を取り合ってるらしい吉乃が言い忘れてるだけだろうが、いずれ知られる。時間の問題だと言っていい。
そこで余計な勘ぐりを入れられない為に、俺の口から敢えて吉乃の隣の部屋に住んでいると話すと、高杉は笑い交じりに「引っ越し祝いに行ってやる」と柄にもない事を言い出した。嫌な予感しかしない。


「引っ越し祝い?お前がわざわざ?いやー折角だけど遠慮しとくわ。面倒くせーし」
「だったら吉乃の家にだけ行くか。旅行先でいい酒も手に入ったからな」
「いい酒?」
「何だ。遠慮しとくんだろ?」
「………」


…引っ越し祝いに、いい酒。ここまで聞いといて断るんなら、それは野暮ってもんだ。ここは高杉の好意に甘えてやろうじゃねえか。
それにどうせ集まるなら、吉乃の部屋より俺の部屋に集まった方がいい。
それというのも、俺の部屋は吉乃の部屋よりも荷物が少ないし、吉乃の部屋の隣、つまり、俺とは反対の隣の部屋にやっと誰かが入ったらしいが、それが誰なのかまだ分かっていなかった。今になって引っ越してきたんじゃ同期じゃない可能性があるし、朝は朝でそいつは早くに出勤するらしく、俺も吉乃も顔を見た事さえない。仕事をしてる身じゃ平日に挨拶に行くのは中々…向こうにはそういった事情もあるだろう。同じ会社の人間相手じゃそれくらい察しが付く。大体、俺だってそうだ、日中は家にいない。そのせいで自分の家の風呂に入れない。
そういうわけで、隣にどんな同僚が住んでいるのか知らない内は大人しくしてる方がいい、と頭の中で勝手に理屈をこね、消化し、酒があるなら早く言え、ただしヅラと坂本も誘うように言うと、少ししてから三人で来るという内容のメールがきた。
社で借り上げてるマンションの一部屋だから安くていいが、意外と気を遣うもんだ。しかも、隣人まで含めて考えているのは、このマンションだと俺くらいなもんだろう。





そして、その週の土曜日。元々買い物へ行く予定だった吉乃と、それに付き合わされたくない俺は、夕方に近くのスーパーで待ち合わせる事にし、日中はそれぞれ好きに過ごした。
そして夕方、男三人が高杉の車でやって来たので、一応出迎えてやり、集合場所であるスーパーへ行くと、吉乃は待ち合わせた時間から少し遅れてやって来た。恐らく、両手を塞いでいる紙袋が原因だろう。何を買ったんだか知らないが、大きさは様々で、数も凄い。
学生時代とは違い、社会人になってもこうして集まれるとは思ってなかったが、手放しで喜べるかとなると、そうでもない。男三人は俺の部屋に着いた途端、勝手に飲み食いを始めやがった。おい、引っ越してきたばかりの部屋ん中滅茶苦茶にすんじゃねーよ。しかも、誰だ、ここに俺のエロ雑誌置いたのっ。吉乃がいんだぞっ。しかもコスプレ系のエロ雑誌て…何でわざわざこれっ。何か恥ずかしいだろうがっ。
すると高杉が突然吉乃の手を掴んで、いつの間にか綺麗にマニキュアが施された指先をじっと見た。時間にして約数秒、だが、高杉にはそれだけあれば十分だったようだ。


「…爪、やってきたんだな。好きな奴でも出来たか」
「…そういう高杉は今どういう女と付き合ってんの」
「てめぇより気が利いて、胸もある、いい女だ」
「あっそ。じゃあもう帰れば?」
「そう妬くな。鬱陶しい」
「はいはい、妬いてごめんね、晋ちゃん」
「いい加減、その呼び方を直したらどうだ。躾のなってねぇ犬を誰が好き好んで貰うと思う」
「ほんと、帰れば?」


高杉の相手をまともにしちゃいないが、吉乃は高杉の言葉に否定もしなかった。
きっと今の吉乃の頭の中には、あいつがいる。多分、奴だ。土方だ。
目付きが悪くて、入社式の日にやけに俺につっかかってきたニコチン中毒者の、あの男。
度の過ぎたマヨネーズ好きのせいで、最初の頃に比べると随分ファンは減ったようだが、奴を気に入ってる女は確実にいて、吉乃もその一人だった。買い物ついでに爪を綺麗にしてきたのもせいだろう。
でも、意外に思う程の事でもない。好きな男の好みに合わせ、そいつの色に染まろうとする。普段ががさつなだけに、背伸びをして、いい女になりたがる。俺以外の男に惚れている時の吉乃は、そういう女だ。だから爪を綺麗にするくらいじゃ可愛いもんで、話を合わせる為に男の趣味にまで首を突っ込む事も珍しくなかった。
お陰で成功率は良かったが、必ず無理が出て、結局別れる。そして俺が中心になって吉乃を慰める。
でも俺はずっと側にいられるわけではない。見ててやれるわけでもない。前の彼女は、仲間の一人として付き合う分には、と吉乃との関わり方に理解のある女だったが、俺がこれから付き合う女によっては嫌がる奴だっているだろう。
この前の様に、俺が女と別れた場合は吉乃が俺の役割を担ってきたので、今までは、お互い様、で済んできたし、助かった部分はあるが、分かっちゃいるんだ、このままでいいわけがない事くらい。

男が四人と女が一人。ただですら人口密度が高くて息苦しいってのに、吉乃の今日の戦利品である紙バック類がで堂々と置いてあって、狭苦しさに拍車をかけている。はっきり言って、邪魔だ。
でも、それは酒を飲めばきっとどうでもよくなる。それを一々気にする俺もどうなんだ。だったらもう飲んじまえ。
考える事が面倒臭くなって、俺は手に持っているビールの缶の中身を直ぐに煽った。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -