四月一日。私と坂田は揃って入社式を迎えたわけだが、坂田が中々ネクタイを締めないまま、会場へ到着。苦しくないようにしたいのか、のんびりと探る様な手付きで締められた坂田のネクタイは、式が始まる少し前にやっと形になった。
春休みの間中、坂田はずっとラフな服装だったようなので、進んでネクタイを締めたいとは思わなかったんだろう。その気持ちは分かる。でも学生気分が抜けてないにも程がある。それでも、スーツを着てネクタイを締めている坂田は、それとなく社会人に見えるから不思議だ。
そうして、真新しいスーツを着ている同期が集まる中。私達はそこで初めて土方君に出会った。
土方君は目元が涼しげで、身長もそれなりにあって、かなり格好良い。でもそれは周りの女の子達も同じように思ってたようで、式の運営を手伝いに来ていた女の先輩方ですら、土方君を目で追ってたくらいだ。勿論、ネクタイはきちんと綺麗に締められている。
ずっとこうして女の子達の視線を釘付けにしてきたんだろうし、これから先もそうなんだろう。好きになったところで、振り向いてもらえるような相手ではない。
だからといって、土方君への関心を削がれたわけではない。原因は坂田だ。今現在隣に住んでいる幼馴染だ。この馬鹿は入社式に土方君と何かの事で言い争ってから、ずっと土方君を毛嫌いしていて、事ある毎に土方君と口喧嘩をしていた。そしてその愚痴に付き合わされたり、喧嘩の様子を見ていた為、目や耳から勝手に土方君の情報が入ってくる。
多分、だが、坂田は土方君ばかりがモテるのが気に入らない、のかもしれない。本人はモテないのを昔から天然パーマのせいにしているが、鏡を見てはどうだろうか。土方君に対抗出来る頭か。顔か。それだけか。幼馴染だからこそ言うけど、同等なのは背格好くらいなものだ。

そして、配属先も決まって、入社式から二週間程経つと、土方君の色々な噂を聞くようになっていた。
何でも、「極度のマヨラーでマイマヨネーズを持参している」「掛ける量が常軌を逸している」「あれを見れば百年の恋も冷める」そうで、しまいには「マヨネーズを吸っているのを見た」そんな目撃談まで耳にした。
それらの噂の真偽を確かめられたのは、ある日の食堂でだった。土方君が食べているお皿を見かけると、確かに、白い物が付いていた。それも、料理を覆わんばかりに、べっとりと。
餡子をご飯に掛けて食べるのが好きな坂田のせいで偏った食の嗜好にはそれなりに耐性があった私には、それを見ても別に大した事には思えなかった。でも、一緒にいた同僚の女の子は違った。「…何あれ」と小さな声で零した。それから土方君の事を「格好いいけど…」と歯に何かが挟まった様な言い方で評するようになった。
…他の女の子だとそれが普通の反応なんだろう。だとすると、土方君を狙おうとする女の子が激減したのも、納得がいく。



そして、待ちに待った金曜日。同期だけでの飲み会が行われた。勿論、坂田も私も出席。折角の機会だから色々な人と知り合っておきたい。ほとんどの同期もそう思ってた様で、飲み会には全部で数十人が参加した。
そのせいで張り切ってしまってたのか、酔った女の子を解放したせいで貰ってしまったのか、慣れない環境に身を置いてて疲れてたのか、終盤に差し掛かる頃になると、思いの外、気持ち悪くなっていた。もう水を飲んだって遅い。冷たそうな床に頬ずりしたい。でも、理性を何とか繋ぎ止めていたお陰で、それはせずに、少し離れた所で横になった。
そんな私を見咎めたのは、他の人達と一緒に飲んでいた坂田だった。頭を叩いて私の意識を確認してくれた上、家へ送ってくれるという。
…大丈夫なんだろうか。普段なら私よりお酒が弱い坂田が先に潰れてるのに。
聞くと、男子だけで行く予定だった三次会のキャバクラの為に、あまり飲まなかったそうだ。


「あーあ、何で俺がこんな事しなきゃならねーんだよ。お前と隣に住んでるってだけで何かもう損した気分なんだけど。貧乏くじ引いたみてーになってんだけど」
「お風呂、貸してあげないよ」
「あ、ゴミ置き場発見。よし、ここに捨ててくか」
「ごめん、嘘、ありがと。でもお尻は触んないで」
「うるせーな、誰が触るかよ」


ぶつくさ文句を言いながら、それでも坂田はまともに歩けない私をおんぶをしてくれた。思えば、昔からこうだ。怪我をしたり、学校で熱が上がって動けない時は、坂田がこうしておんぶをして家へ送ってくれていた。
それに比べ、今までに付き合った男達は一体何だったんだろう。優しい人はいたけど、ここまでしてくれた人はいなかった。何であいつもあいつも坂田程優しくなかったのか。何で私は未だに坂田にこうしておんぶをされているのか。それとも坂田が本当に貧乏くじを引いたのか。

アルコールが効き過ぎてたせいで、少しも思った事がないような面倒臭い事を考えているうちに、私の家へ着いた。坂田は坂田で自分の家へ戻った。これから皆の所へ戻るのかもしれない。
そう思いきや、坂田は再び我が家にやって来て、冷蔵庫の冷凍室を開け、氷を取り出し、私が使っているグラスで勝手に氷水を作って寄越した。坂田の家のお風呂は、坂田が平日に家にいないので中々修理に来てもらえず、未だに使えないでいるそうだ。だから坂田は毎晩お風呂を使いに我が家へやって来るので、引越し早々のこの部屋のどこに何があるのか分かっていても驚かないし、冷蔵庫には坂田がお風呂上りに飲むいちご牛乳がいつも入っている。ついでに言うと、たまにご飯を一緒に食べたりもするので、坂田のお茶碗と箸だって置いてある。
そんな事もあり、ベッドの上でお風呂から上がった坂田を見て、同棲してるようだと思ったが、おんぶをして貰っても、ときめかなかっただけある。パンツでうろうろされてる今現在も全くドキドキしない。
まあ、相変わらずいい体だ。それだけは認める。坂田の前の彼女は料理上手だったらしいから、甘い物とお酒が好きな坂田の健康をそれなりに気遣ってくれてたのかもしれない。彼女にとってはそれ程の男なんだろう。
私には、よく分からない。土方さんが相手なら分からなくもないけど。


「何だよ、人の体じろじろ見やがって」
「…何で好き好んでこれ以上気持ち悪くなるような事しなきゃいけないの」
「何が悲しくて可愛い巨乳キャバクラ嬢の穴埋めが、酔っ払った貧乳女なんだよ。無駄口たたいてねーで、寝る前に風呂入っとけよ。少しはマシになるから」
「…そのつもりですー」


酔っ払った坂田を介抱する時に必ず言ってる事を、その坂田に得意気に言われるとは思わなかった。酔っ払い過ぎててほとんど聞いてなさそうだったのに。それとも単なる経験からくるアドバイスだろうか。どちらにせよ、これからやろうとしている事を母親から催促されたような気分になり、嬉しさと鬱陶しさ半々のまま、坂田の背中へお礼を言った。


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