「何泣いてんだよ」
「泣いてない」
「泣いてんじゃねーか」
「泣いてないって言ってるのに、あんたがそんな事言うんだも…」


坂田と出会ったのは、こんな事を言い合うような幼稚園の頃。
子供のくせに髪の毛が真っ白で女の子のスカート捲りを平気でしてた坂田と、お人形遊びやままごとより男の子に混じって遊んでた方が楽しかった私は、当然、まだ恋の「こ」の字も知らないガキで、一緒に遊んでは笑い、たまに喧嘩をしては相手の悪口を真っ正直に言い連ね、良くも悪くも気の合う友達だった。
そしてそのまま小学校、中学校へとあがり、中学二年の時に周りの後押しで何となく付き合い始めたが、その時はキスもしないまま別れる。私に、他に好きな人が出来たからだ。だからといって、坂田は私を、私も坂田を嫌いになったわけではないので、友達という関係まで終わらせたわけではなく、一緒の大学を卒業するまでくっついたり別れたりを繰り返した。

何でこんな奴と。もっといい男がいる筈だ。と私は思っているが、それは坂田自身も思ってる事だろう。俺は何でこんな女と。俺のタイプはもっと細くて、胸がでかくて、いつもにこにこ笑ってて、昼は淑女、夜は娼婦を体現した様な女なのに、と。そんな女いるわけないだろうと思うが、少年ジャンプを未だに読む坂田と、思春期の少年が抱く女への理想に、大きな差があるわけがない。
だから、特別にスタイルがいいわけでも、胸が大きいわけでもなく、どちらかといえば皆には無愛想だと言われて、料理も出来ず、手先も不器用で、怪我の手当てをしたのに「鬼!悪魔!」と形容された私とあまり長く続かないのも無理はないというものだ。
だから坂田に他に好きな女が出来ても、当然の事として受け止めてきた。そっか、そうだよな、良かったね、で終わり。引き止めようにも、私は坂田の好きなタイプとはまるで違う、近づく事すら無理だ、と分かっているからだ。
でも今までに何があって、知らなくてもいい体の事まで知ってて、どういう相手と付き合い、どういう友達と遊んでたのか、一から十の内のほとんどを知る相手を邪剣に出来るような二人ではなかった。
そういう下らないところで私達は似ていた。だからこそ、縁も切れないでいる。本当、下らない。



そして就職する会社まで同じで、四月一日の入社式を数日後に控えたある日。坂田に引っ越しの助っ人を頼んだところ、その日は新しく入った部屋の壊れたシャワーを直しに工事が入る、とかで断られた。坂田の前の部屋の荷物の梱包を手伝いはしたが、引っ越し作業そのものを手伝えなかったので、お互い様といえばお互い様、か。
大体、坂田は幼馴染の一人というだけで、今は彼氏彼女ではない。大変な時や力仕事を頼みたい時に側にいて当たり前だと思う方がおかしい。
というわけで、引越し当日は頼んでおいた業者さんとだけ引っ越し先の寮へ荷物を運び込んだ。ただし、寮といっても会社が借り上げているマンションの内の一室なので、家賃は格安でも、部屋は随分綺麗だし、寮母さんのような人がいて世話を焼いてくれるわけではない。
つまり、普通にマンションへ引っ越してきただけなのだが、ここを出る時はよっぽどの理由が出来た時か、会社を辞める時だ。ここに住む事になった今から、それを覚悟しなければならない。

漠然とした不安が広がる前に時計を見ると、時刻はもう夕方の五時を過ぎていた。そこでカーテンが付けられていない右隣以外の周囲の部屋へ挨拶へ行く事にし、先ずは左隣の部屋へ向かう。
左隣にはどんな人が住んでるんだろう。同じ会社の人だと思うと、心細さはないが、緊張は覚える。目上の方だったりしたら失礼な事は出来ないし、同じ新入社員なら仲良くなりたい。
入社試験時以来の心臓の速さを自覚しながら、玄関のドアの脇にあるチャイムを鳴らすと、インターフォン越しに低い声が聞こえてきた。あー、はいはい。と言葉はやけに軽い。
…男の人?
格好いい人ならどうしよう。この場で恋が始まるなんて事があったりしたら…。いや、でも、声は意地悪そうだった。知ってる馬鹿と同じようなサドっ気があったような気もする。引っ越し作業の前に挨拶へ来た方が良かったかな。
一気に心臓の音が跳ね上がったがどうにも出来ず、気晴らしに、天使と悪魔の両方の顔を想像しながら、玄関のドアが開くのを待つ。

そして一人で廊下で突っ立って待つこと数十秒。やっと玄関のドアが開いた。
ところが、少しでも第一印象を良くしようと作りかけた笑顔が、一瞬で削げ落ちる。対面した隣人は、天使どころか、悪魔よりももっと性質の悪い「人間」だったからだ。


「…あ」
「あれ?もう言ったっけ?家、ここだって」


扉を開けたのは、幼馴染みである坂田だった。
会社の寮に入るとは聞いてたが、会社の寮は幾つもあるし、どこの寮なのか聞いてもちゃらんぽらんの頭は何時もちゃんと覚えてなくて、私の引越しが終わったら教えてもらう約束だった。でも今の一瞬で、その必要はなくなった。いいのか、悪いのか、隣人がどんな人かどきどきしてた私の心臓も早々に落ち着きを取り戻す。


こうして、幼馴染みである坂田と、壁を隔てた新生活が始まったのである。


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