「総悟が原因か」と聞かれて、あの時私は答えられなかった。今でも何と言っていいか分からない。それはどこかで沖田総悟の事が気になっているからだろう。でもどこかでそれを認めたくない部分もある。それに高杉に会えば、それも分からなくなるかもしれない程のものだから。だから未だに答えを出せないでいる。お陰で、その言葉が頭の中をうねって仕方ない。まるで蛇がのた打ち回るかように、緩急をつけて事あるごとに支配する。

期限は迫っていた。今月中に返事を出さなければならない。だから仕事をこなしながら、その言葉の答えを探す為、頭の中をフルで活動させていた。そのせいか、ここ最近疲れが取れないでいる。手に取るのは相変わらずブラックコーヒーばかりで。胃の辺りも悲鳴を上げ始めていた。


ある日の朝。花粉が飛び始めているせいか、風邪がまた流行り出したせいか。マスクをつけた人間が少し増えたオフィスの中で名前を呼ばれた。耳の中に絡みつくような不快な声。思わず眉を動かした。


「要さん、ちょっといい?」
「何ですか?」


反応を伺う様に視線を寄こしてきたのはハゲ課長。変わらぬ態度に辟易しながらも一応近藤さんに断りを入れ、やりかけの仕事を山崎君に頼む。それからハゲ課長の後を追った。

連れて行かれた先はオフィスの一角にある小さなスペース。他の会社の方との打ち合わせ時に使う様な、ちょっとした応接室だ。入ってすぐ、向かい合わせに座って顔を合わせる。見るとハゲ課長は早速額に汗を掻いていた。そして開口一番、噂の真偽について確かめたいと言う。


また噂…?

また土方とデキてるとか?


下らない、と胸の内で盛大に毒吐いてから逆に何の事かと質問をした。そういう類の質問なら今すぐこの場から立ち去るつもりだったから。こんな事に付き合ってられない。仕事を途中で中断させてまで聞く話ではない。しかしハゲ課長の口からついて出てきたのは思ってもみない事だった。


「坂本さんの所に引き抜かれるって聞いて…」
「…ああ、そうですか」


妙な顔をさらに奇妙に歪めるハゲ課長。それにわざと素っ気無く返事を返した。そのせいか、ハゲ課長の言葉が続かない。でも私に振られても困る。そうだと言ったところで「止めろ」と言われるに決まってる。私がいなくなって困るのはこの課長自身。雑用係がいなくなるからだ。

十一月頃からだろうか。ファイルやコピー機、シュレッダーの周りがやけに散乱しているのが目につき始めた。忙しさが本格化し、私がずっとプロジェクトの方につきっきりだったせいだ。要は私以外に整理をする人間がいないという事。雑用をこなす人間がいないという事だ。だからこうして真偽を確かめに来たのだと思う。面倒な仕事を押しつけられる人間がまだ残ってくれるか。結局の関心事はそこだ。

でも私にしてみればそれはどうでもいい事。その様に他の子を指導しなかったのは私のせいではない。指示待ち人間にしたのは誰であろうハゲ課長だ。新人の教育係の所在をなぁなぁにしていたツケが今ここにきて回ってきたのだ。

でも今更遅いのかもしれない。女の子達の朝の無駄口や会話の内容、仕事中の態度や姿勢。どれをとっても積極性がみられないから。今から誰かが頑張って指導したところで、暖簾に腕押し、糠に釘、そんな状態だろう。それにハゲ課長自身がすぐに人を頼るせいもある。私に仕事を押し付けてくるのもそうだ。上の人間の態度を見て下の人間も真似る。今ハゲ課長が何を言っても口先だけ。誰も付いていきはしない。だからハゲ課長自体が態度を改めない限り、指導云々等、それは無理だというもの。

ここで噂は本当だと言ってやりたい気もしたが、それは止めた。でも違いますと答えて本当の事が知れた時。きっとこのハゲ課長は煩く喚くだろうし、またこうして顔色を伺ってくるに違いない。それはそれで厄介だし面倒。ハゲ課長とまた二人きりになるだなんて、はっきり言って御免だ。代わりに「お答えしかねます」と曖昧に答えてみせた。

するとハゲ課長は眉毛をハの字にした。それはもう情けない程に。そして私の真意を探ろうとしている様だった。また伺う様に顔をじいっと覗いてきたから。


溜まったツケは大きいよ


ツケは必ず自分に返ってくる。それは今の自分にも言える事。だから人の事をどうこう言える立場でもないけれど少し知らしめてやりたい。失礼しますと言って席を立ち、ハゲ課長には嘲笑ではなく、代わりにいつもの仕事用の笑顔を向けた。


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