イルミネーションが夕方五時頃から点灯し始める十二月。太陽が直ぐに沈んでしまうお陰だ。そのせいで寒さが一層厳しくなり、コートはとうとう厚手の物へと変わる。

朝は太陽が活動を始めて間もない為に空気も温められておらず、吐く息も白い。日によっては外気との温度差との関係でガラス窓には水滴が付いている事もある。そんな寒い中で通勤の準備などしたくない。せめてもの救いにと前日にエアコンのタイマーを効かせておく。お陰で目覚めるといつも部屋は暖かい。

そして目覚めの一杯に熱いエスプレッソ。この時期には欠かせないものだ。これで芯から温かくなるから。それに、淹れるまでの間に少し体を動かす事で硬くなった体の筋肉を解す事も出来る。北の風が吹きすさぶ中でも体を震わす事が無いのはそれらのお陰。欠かせないのはこういう理由からだ。

そしてそれらの効果が無くなったところで満員電車へと乗り込む。だが「温かさ」は車中だと単なる邪魔ものでしかない。暖房が効き過ぎているせいだ。そして降らない雨。傘を持ち歩く手間は省けるものの、空気が乾燥する為に肌や髪、唇や目等に引き攣った様な感覚を覚える。これもこの時期特有のものだろう。

そして会社に着いたら着いたでまた違った不快感が私を襲う。


「あそこのブランドの化粧水がいい」
「ボディクリームはここ」


決まって耳につくのがこの話題。毎年毎年メンバーはほとんど変わらないというのに。それでも繰り返される女性ならではの戯言に正直飽き飽きする。一日や二日ならまだ我慢できるものを、口癖のように聞かされる身としてはたまったものではない。そんな事を気にしたり喋っている暇があるなら仕事の一つや二つ覚えられるのに。無駄な事に労力を割いているようにしか思えないから。

特に仕事の出来ない子に限ってそう言う事を気にしたがるのだから余計感じるのかもしれない。外見に気を使うのは社会人として当たり前の事。ならば仕事を覚えるのも当たり前の事。出来ない事を他の事でカバーする事に反対はしないけれど、金銭の授受が発生している“仕事”に対し、それなりの意識を向ける事位社会人として当たり前だと思うのだけど。

女は仕事が出来なくてもにこにこしていればいい、男は仕事が出来て当たり前、なんて目があるのは否定しない。でもそれに甘えて何もしなくなるのはその人間の価値観を下げる事にもなりかねない事に何故気付かないのだろう。理由は簡単。それでも女は食べていけるから。こういう部分でも私は他の子と考えが違う。だから女の子とつるむのが苦手なのかもしれない。


それにこの時期は忘年会やクリスマス、年末の過ごし方、と話題に事欠く事がない。ボーナスも出るのだから金銭的に余裕があるので余計拍車がかかる。煩わしい。イルミネーションはどこが綺麗だとか、限定コフレはどこを買うのだとか、クリスマスは誰と過ごすだとか。そんなもの、私にはどうだっていい。


デスクに向かう前、少しの間だけ同僚の女の子達に耳を貸し、煙草を理由に席を離れた。こういう時でも煙草は役に立つ。少し時間がかかるので暫くいなくても深追いはされないし、私以外に喫煙者はいないのでトイレに行く時のように一緒に付いて来られる事もない。そして喫煙室でやっと一人きりになり、静寂と紫煙が広がる中、頭の中で今日のやるべき事の整理を開始する。

喫煙室を出ようとしたところ、携帯電話が鳴った。かけてきたのは高杉で、今度の金曜は空けておけというもの。高杉の経営するクラブで得意先や常連客を呼んでのパーティが開かれる為だ。パーティはこの時期の企画として毎年開かれているもので、私も毎回招かれている。

そこでいつものように形だけのホステスを務め、いつものように高杉に連れられ、途中で抜け出す事になる。私は構わないけど、と返事をするとこの前の事には一切触れずに電話は切られた。



当日は会社帰りにクラブに寄る為、着替えを別に持って家を出た。この時期の事だ、そんな荷物一つ持ってたところで珍しくも何とも思われない。案の定、同僚の女の子からは「どこかの忘年会?」と聞かれただけで済んだ。

定刻より少し時間は過ぎたが、やっとの事で仕事を終える。そして着替えを済ませる為に更衣室へと向かった。今日はワイン色のドレスでホルターネックがポイントの物。その為、胸元はあまり開きすぎてもいない。デザイン的にはこの時期に丁度いいし、大人向けのクラブでのパーティだ、派手すぎて浮き過ぎない様、地味すぎて雰囲気に合わないのも困る。生地がサテンの為、照明に綺麗に生えるのもあってこのドレスを選んだ。

それに合わせてメイクも少し濃いめに色を落としていく。ヒールも履き替えてコートを羽織ると、鏡の中には朝とは違う女の表情の私が、既にいた。


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