北寄りの風が存在感を増しコートが手放せなくなってきたこの時期。晴れ間の渡る日中は非常階段で、曇りの日は喫煙室で煙草を吸うようになっていた。少しでも風が吹こうものなら肌に刺さるような冷気が全身に掛かるからだ。頭がぐらぐらと沸騰する様な今迄の仕事ならばそれで丁度良かったのかもしれない。だが今は“少し休みたい”という考えがある。ストレスの捌け口だけではなしに単なる口寂しさからの癒しを煙草に求めているのだろうか。行為そのものは変わりはしないのに。
あの日、パーティが終わっても高杉の元へは行かなかった。終了予定時刻を少し過ぎていたものの夜の十時には終わり、近藤さんや土方から飲みに行くのに誘われたけれど。それすらも断った。気分じゃなかった。酷く疲れていたからだ。仕事という部分での緊張感と人ごみにいると襲われる閉塞感。加えて高杉との事と後始末。使わなくていい神経を遣う事には慣れているものの、だからといって疲れを感じないわけではない。
「………」
いつもの私なら疲れているついでに高杉の元へと向かっているだろうが。高杉は仕事中だというのに私へあのような事をした。どういうつもりかは知らない。だからこそ行かなかった。もしこんな状態で奴の元へと向かったら何をされるか分かったものではないからだ。何時もなら何を考えてるか分かる相手が読めない時というもの程、警戒するに越したことはないし、私も馬鹿ではない。
それとは別に少し高杉へ抵抗を示したかったというのもある。私は思うがままにならないと改めて知らしめる為。またそれは自分へも、そして自戒の意味も込めて。
時が経てば少し落ち着くだろう
子供じゃあるまいし
そう考えていた。
十一月の初めの金曜日。追い込みが激しさを増す中、珍しく仕事が定時に終わる。近藤さんが気を利かせてくれたのだ。急に出来た時間、何に時間を費やそうか疲れた頭を使って考える。
脇の元へ行くのもいいし…
猿飛と食事に行くのもいいな
滅多にない平日の夕方、休日に比べてまだ人の少ないデパートで冬服を見に行こうと決めた時だった。
「ああ、高杉」
「今から来れるか」
いつものやり取り、聞き慣れたいつもの調子の声、それはいつもの高杉だった。あれから日数も経っているし電話からだと変わった様子も感じ取れない。さして断る理由もなかったので指定されたホテルへと向かう事にした。ホテルで待ち合わせという事はゆっくり酒を呑みたいのだろう。自分の店で呑もうものなら女の子らの視線が煩いだろうし、他で呑むにしたら車を運転する訳に行かない。不便になる。私が酒を呑む理由をわざわざ高杉に聞く事もないからだとも思う。
指定されたのは外資系のとあるホテル。一室一人五万円以上という宿泊料金ではあるが、サービスと独自の高級路線から人気のあるホテルだった。まだ新しめのコートに身を包みエレベーターで最上階へと向かう。待ち合わせのバーへ到着しカウンター席へ座ると何時もの様にXYZを頼んだ。二杯目を呑み終えた頃に高杉は来た。
「遅かったね」
「………」
私の問いには一切答えず一万円札をカウンターの上に置く。「釣りはやる」と吐き捨てると私の手首をいきなり掴んだ。握られた部分がやけに熱かったが、明らかに機嫌の悪い高杉には何も聞かなかった。そのまま私は高杉に引かれる様にバーを出た。