退院してから私としてはすぐに仕事に復帰する予定だったが、予測していた通り近藤さんが私に気を使ってしばらく仕事を休むように言ってきた。しかし私としては早く仕事に戻りたい。勿論仕事そのものが楽しいからというのもあるが、何日か私がいないだけで誰かが私の穴を埋めてくれてるのも悪い気がするし、誰かが私の代わりをする事によって、その分誰かの負担が大きくなっている筈だ。自分の尻拭い位自分でしたい。

恐らく今までの私ならこれにかこつけて休もうとするに違いない。しかし今そう思うわないのは、仕事に対して、これまでにない充足感と責任感を感じているからだろう。そして迷惑をかけてしまった近藤さんの役に立ちたいという思いも。


「要さん、君は今まで十分にやってくれた。少し位休んでも罰は当たらんさ」


本当にこの人はどこまでお人好しなんだろう。近藤さんにやんわりと断ると、困ったように笑いながら、さらりと今のセリフを吐いた。仕事を抜け皆に迷惑をかけているのにまだ休めと言う。尚且つ私の事を気遣ってくれた上に評価まで。多分この人の場合こんな事位では迷惑の部類には入らないからだろう。誰かが困っていたら皆が手を差し伸べる。それがこの人にとっては当たり前なのを私は今まで見てきたので知っている。


「それに夏休みはまだとってないんだろう?」
「…はい」
「もっと忙しくなる前に取ってくれるとありがたいんだが…」


そう言う近藤さんの顔はニヤリと笑った。普段はあまり見ない、してやったりの顔。でも全然嫌みじゃなく、むしろこっちまで思わず笑みを零しそうな悪気のないものだ。それがどういう事か私には分かる。近藤さんからしたらこれが私に対する精一杯の抵抗であり、彼なりの気の使い方なのだ。

ここまで言ってくれている近藤さんに私はもう何も言えなかった。言ってはいけない気もした。だから「どうだ?」と聞かれた私は分かりましたと答えた。私も近藤さんと同じように、困ったように笑いながら。


そんなやり取りをした日の夜。家で部屋着のままホットワインを飲みながらゆっくりし過ごしていると携帯が鳴った。アルコールとしばらく使っていない為か、少しぼうっとする頭のままディスプレイを見るとそこには見なれた「高杉」の文字。最近連絡を取っていなかったので何となくそろそろ電話が来る頃だろうとは思っていたので、さして驚きもしなかった。


「どうしたの?」
「休みはいつ取った?」


いつもの様な単刀直入な物言いに私も同じように返す。あまりにも恋人同士の会話というにはかけ離れているし、友達というだけの会話の内容でも無い。それでも私にはこれがちょうどいい。頭がぼうっとしているせいもあるが、いつものやり取りが日常を意識させてくれるからだ。高杉自身はきっと私がこんな状態だとは知らないで、いつもの会話をしているにすぎないのだろうが。


「休暇なら明日から取ってあるけど…何?」
「なら旅行に行く準備をしとけ」


高杉から旅行の文字が出てくるとは思わなかったので少し意外に思った。ひょっとしたら仕事絡みなのだろうか。それにしても都内ではなく他の所でそういった事をするのも珍しい。

しかし丁度いいかもしれない。私も急に出来た休みを持て余しそうだったし、何日間か頭を使っていなかっただけで思考回路がぼんやりと霧に覆われていくような感覚に襲われていたからだ。どうやら私は常に頭を使っていないとダメな性質らしい。恐らく社会人になって培われてしまった厄介なものだろう。

それに仕事人間と言われればそうかもしれないが、常に体か頭かどちらかを使っていないと、いざ仕事に戻った時に使えないと困るというのもある。私は「いいよ」と返事をすると高杉はまたいつものように迎えに行くと言って電話を切った。


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