朝はそうでもなかった。でも今は違う。スカートの内布がやけに腿に纏わりつく。梅雨の時期なのだから仕方がないといえばそうなのだが。でも気になるものは気になる。だったらパンツにすればいいのかもしれないが、簡単にはいかない。それはそれで今度は裾の跳ね上げに気がいく。スカートなら向けられる事のない目線も。ふくらはぎへと向けられる。そんなの付いていようものなら相手方に失礼になるからだ。それに靴選びにも時間がかかる。

だからパンツにしない。だからスカートの内布くらいでガタガタ言わない。だったら私一人が我慢すればいい。手間や時間を考えたら、歩きにくさなんて。どうって事無い。


一昨年まではこんな事に労力を使っていなかった。気すら回していなかった。汚れればロッカーですぐに着替えられたし。それに除湿の効いてる室内では無縁だったというのもある。だから外の天気も。さして気にならなかった。目を向ける時といえば、朝、昼食事、帰宅時、それに来客がある時位。私に余裕が無かったとも言えるのだが。

それが去年一変。沖田総悟との出会いで何気なしに窓の外を見るようになり、今年はそれ以上。意識を向けるようになったし、空を仰ぐ回数も、傘をさす頻度も、水溜まりを避ける度合いも。去年迄とは比較にならない程多い。

雨は面倒。でも今年はそうも言ってられない。自分の出した企画が通るかどうか。その瀬戸際にいるのだから。

去年までなら企画書なんか出したところで、あのハゲ課長がまともに取り扱ってくれなかっただろう。それに私も忙しさを盾に諦めていたけれど。今年は違う。あのプロジェクトが成功を収めたから。だから他の部署や上の人間からの注目度が格段に上がったし、何より成功に導いた近藤さんが背中を押してくれた。そのお陰で天候に関係無く空の下にいる事が多くなったのだけど。それでも心に陰りが映り込む事はない。


残業も相変わらず。今日も例に洩れず、手元の時計は既に夜の九時をまわった。先程まで吉岡さんが手伝ってくれていたけれど、無理矢理言って帰した。窓ガラスに打ちつけてくる雨粒が大きくなってきたから。静かで広かったオフィスだったのに。音が次第に辺りに響くようになってきた。それでも帰りを気にする事無く。猿飛が差し入れてくれたサンドイッチを手に取る。一人齧りながら、粗方出来あがった書類の一部を手に取り目を落とした。

そんな中、視線の先を他に移さざるをえなくなった。携帯がぶるりと震えたからだ。


「もしもし」
「俺。銀さん」


仕事がないのか、雨のせいか、疲れているのか。いつも以上に声に張りがない。この男に求める方がおかしいのかもしれないが、こんな時間にこんな声でかけてくるなんて。張り詰めていたものが一気に抜ける。唇からも自然とそれが零れた。



オフィスとは違い、ここは大小様々な音が混在している。耳に飛び込んでくる。一言でいえば煩い。照明も明るく、わりと沢山の人間がいる。そして目の前にあるのは大事な書類などではなく、どうでもいい顔。しかも一方的に言葉を投げられ続け、耳もお腹もそろそろ一杯になってきた。


「それにしてもよく食べるね」
「労働した後は腹減るからな」
「お金が無くてずっと食べてなかったとかじゃなくて?」


図星だったようだ。打って変って必死になって弁解する様は、みっともないったらない。高杉と坂本さんを見送ったあの時。何も言わずに黙ったまま、隣でそっと手を繋いでくれていた男とは。およそ思えない。その痴態に持っていたワイングラスを置いた。

職業上、収入が不安定なのは仕方がないと思う。何より自分が好き好んでやってる仕事。何も恥に思う事はないと思うのだが。見栄なのだろう。坂田はこうして嘘を吐く。そんな事位で坂田を見る目が変わる訳じゃないのに。しかも今日は俺が払うとまで言い出した。


ほんっとしょうもない…


ワイングラスを置いたのはワインが無くなったせいだと思ったらしい。偉そうにメニューを見始めた。必死に込み上げてくる苦笑いを皮膚一枚。何とかして抑え込んで、さっきより高いワインを注文した。


ワインが半分以上開いた。お腹もある程度満たされたのだろう。坂田の箸の進みが遅い。余裕が出来たせいか、会話らしい会話も進む。仕事の事やどうでもいい話も。


「高杉は?あいつ元気?」
「そりゃね。向こうで上手くやってるみたいよ」


高杉の様子にそんなに興味がある訳ではないだろうに。証拠に、聞いておきながら素っ気無い返事をしただけ。何をしているのかとか、向こうの暮らしはどうだとか。一切聞いてこない。むしろ私と高杉の間を気にかけている、そんな風に思えた。

連絡位なら普通とるだろう。坂本さんとだってとってるだろうし。それに距離なんて。私達には関係ない、何でもない。今迄の事を無に出来る訳ないし、隠したり、誤魔化したり。自分らのそれまでを否定する様な事もしたくない。高杉との縁が切れるわけでもない。

きっと高杉とはずっと続いていく。途切れる事無く、一生。埋め合えない、補え合えない分、私達は互いを思いあう。恋だ愛だじゃなく、心は繋がり続ける。距離はあろうが無かろうが、それは関係無しに。

でもそれは高杉とだけじゃない。土方も、猿飛も。この坂田ともそう。物理的な問題で壊れるような仲じゃない。五感に訴えられるものだけに縋る絆じゃない。顔が赤くなり始めた目の前の男にそんな事言えないけど。そう思う。



食事を終えて二人で歩く。と、雨が上がっていた。随分と時間が経ったせいだろう。ところどころに出来た水溜まりが電灯に反射している。暗いとはいえ、避けるには十分だった。


「今日はもう帰んの?」
「そうよ。なんで?」
「仕事。途中だったんじゃねぇの?」


坂田から電話があった後、直ぐに待ちあわせてオフィスを出た。今迄なら終電ギリギリまでいただろうけど。止めた。キリも良かった。それに明日もどうせ仕事。明後日も、そう。だからまた一人根詰めて体調を崩したくない。周りの迷惑になるし、自分の為にもならない。だから少し位休んだって。罰は当たらないだろう。


「要」
「ん?」
「お前変わったな」
「そう?」
「仕事より銀さんを優先してくれるなんて。益々いい女になっちまった」


どこかで聞いた事のある台詞かと思ったら。あの時の高杉の言葉だった。耳の奥がくすぐったいような。何とも言えない感覚に小さく笑った。


「それ、高杉には言わないでね」
「誰が言うかよ。ンな事言ったらまた高杉に持ってかれちまうだろうが」
「私は坂田のものでもないんだけど」
「“自分は自分”、だろ?」


そう。私は私。

この考えは今も昔も変わらない。そして最近よく思う。例えこの心が完全に他の人間に向けられたとしても、それは変わらないだろうと。


誰かを想い、心を一杯にする「私」も、「私」である事に変わりはない。それですら私のものなのだから。

空を仰ぐ。と、黒くて重い雲の切れ間から、星が瞬いて見えた。


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