「銃を置け!」


屋上の扉が勢いよく開き、聞き覚えのある声が雨の中でも勢いを失わずにはっきり聞こえた。かと思うと、段蔵は銃口をそちらへ向けた。

湿気が多く含まれている空気なので特別乾いた音が響いたわけでは無いが、頭上から聞こえてきた小さな爆発音に、それでも鼓膜が震える。直後、全身の血が雨と入れ替わったかのように冷たくなった。

これで二度目だ。自分が死ぬ事より、先に彼が死んでしまう事の方が恐ろしく感じたのは。


ただ、直ぐに死を覚悟しなければならないようなこの状況とは逆に、直ぐに口元が緩んだ。

だったら先に死なせなきゃいい。

前の様に手が届かない所にいるわけじゃない。今の私にはそれが出来る。

死ぬのをただ待つだけというのも癪に障るし。


「鼠が紛れこんだようだな」


銃の向こうにある暗い目が揺らいだ隙を見逃さなかった。

右肘で段蔵の左脛を思い切り打ち、右膝で段蔵の膝の裏を突く。てこの作用によって、これで大概の人間の膝は折れ、体の重心がぐらつく。

だが、相手は段蔵。並の警察官以上の訓練を受けていた体や反射神経が相手ともなるとそうもいかない。

思った通り、段蔵は体を斜めにしながらも反対の膝でなんとか堪え、再び私に銃を向けた。

一か八か。銃を向けたその手首を掴んでぐっと引き寄せて捻る。これで銃を取り落としてくれれば。


これで完璧に決まる…


確信を持つ前に、銃が左手に持ち変えられ、耳のすぐ側で大きな音が抜けた。

少しの間だけ耳の奥がキーンと鳴り、首筋に小さな痛みが走る。欠けて飛んだコンクリートの破片が皮膚を掠めたかもしれない。

しかも撃たれたわけではないのに、お腹に痛烈な痛みが走った。煙草の吸いさしの火を消す要領で段蔵に踏まれているからだ。

いくら日にちが経っているとはいえ、これは流石に痛い。焼き印を押された上に内臓が全部飛び出るかのような痛みに、体がコの字に曲がる。

溶ける糸で縫ってもらった為にちゃんとくっついているかどうか確認出来ていなかったけど、下手をすればこれでまた大きく開くかもしれない。

飛びそうになる意識を慌てて手繰り寄せながら、段蔵の手首から手を離して足首を掴む。

このまま折る、つもりだったが、段蔵の足は石の様に全く動かない。

必死に奥歯を噛んでも、呻き声が歯の間を縫うように漏れた。それが余計に悔しさを煽る。


段蔵は雨に濡れ、濡れたコンクリートの上で唸るだけしか出来ない私を既に見ていなかった。

見ているのは、もう前だけ。

広がる、闇だけ。


「出てきて俺を撃ったらどうだ」


段蔵が闇の中に声をかけて誘う。だが返す声はどこからも聞こえてこない。

当たり前だ。日本の警察官は犯人に銃を向けられても、それで撃たれても、自分は銃を撃ってはいけない。向ける事すら責められる。悔やまれるのは一般市民の怪我であって警察官の死ではない。

それを分かっていて段蔵は挑発している。現在は一般市民である自分を撃ってみろと。そうして仲間を助けてみろと。

結局、黒く塗り潰された雨の音だけが、段蔵に応えた。


「…もう終わりだな」


そう呟いた直後。発砲音が聞こえたかと思うと、段蔵が左腕を抑えた。

それから続けざまに水を切りながら何かが滑って来るような音がし、腕を伸ばしてそれを掴む。迷わず、素早く。

グリップは濡れている。伸ばした腕だって痺れている。だが確かめるように握る前に指の力はもう戻っていた。


「そ…は…、こっちの、セリフ」


今度は私が銃を向けた。



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