外見だけではなく声も喋り方も態度も何もかもが圧倒的に地味な山崎は、そこに奢る事無く当り触りの無い会話も得意で、警察官という職業を盾にしても警戒されにくい人間だ。情報屋を多く抱えているのも、そういう特性が物を言ってるからだろう。

その山崎が顔の筋肉を引き締めて情報を持って来たのは、伊東が来た次の日の事だった。


「土方さん。襲撃事件の情報を追ってるうちに、実は厄介なのが耳に入りまして…」

「厄介なの?」

「ええ。実は段蔵の目撃情報が入りました」

「段蔵って…鳶田段蔵か?」


鳶田段蔵…。今歌舞伎町で出回っているクスリの大体を取り仕切っている元警官、だ。

ここしばらくは、その名と存在を聞いてさえいなかったのに。しかも今は神威の捜査網やら襲撃事件の捜査やらで、ただですら忙しい状況にある。

頷く山崎が悪いわけではないが、これだから煙草を止められない。

山崎は煙草を取り出した俺には何も言わず、自分の言葉を続けた。


「廃棄処分の車を襲ったって、クスリはやはり消耗品ですからね。そろそろ歌舞伎町内でのストックの底が見えてきたのかもしれません。それで動き出したのかと…」

「なら、そろそろ大きな取引があるかもしれねぇって事か」

「はい。運搬の方法や手配に時間はかかるでしょうから、そう遠くはない未来にあるんだと思います。ただ、目撃されたってのが本当に本人かどうかは怪しいので、いつどこでってのは、まだ何も…」

「…だろうな」


俺は今までに何人もの売人を捕まえた。だがどう取り調べたって、野郎共から段蔵の事については何も聞き出せなかった。

それは俺が悪いんじゃない。だが売人共も責められない。

段蔵はカメレオンの様な奴で、どこにでも紛れる為に誰一人その素顔を知らず、幽霊のようにどこへだって現れて、煙のように消えるからだ。

だから売人共も段蔵に関しちゃ何も知らないし、情けない事に、それが段蔵を未だに逮捕出来ていない理由でもある。


神威に段蔵…、どうなってやがる


喉の奥で唸り声を抑えながら、煙草の先を見つめた。

どうやら、煙草の火よりも早く、闇が迫っている。




「土方さん。顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」


山崎の話を聞いた後。山崎と入れ替わる様に屋上に来た、棗の代わりに入ってきた例の女が、俺を心配そうな目つきで見て、言った。

山崎の特性を生かす為、山崎には単独で動いてもらっている。そこで女は今俺と組んでいるので、堅い表情で煙草を吸う俺にこうしてすぐさま反応したのも、余計なお節介、だとは思わず、パートナーに対する配慮のつもり、なのだろう。

昼飯時のせいか、屋上には俺ら以外誰もいない。それでも女は俺の気を損ねないよう声を低く落とした。


「事件ですか?それとも私の報告書がまたおかしかったとか…」

「違ぇよ」


そっけなく答えたのが悪かったのだろう。女は一気にしゅんと落ち込み、顔を俯かせた。

はっきり言って、この手の女は苦手だ。しかもこれくらいで落ち込まれてちゃ、警察官としての適性すら怪しい。

胸の中では面倒臭ぇと思いつつ、「悪ぃ」と声をかけたが、女はきっと俺を睨むように顔を上げた。俺の薄っぺらい謝罪の言葉は逆に女を怒らせたようだ。


「じゃあ何があったんですか?またあの人のせいですか?」

「…あ?」

「だって土方さん、棗さんがホストと抱き合ってるの見てから、すっとそうして怒ってる様な顔してるし…。昨日だって監察と人と喋ってから思いつめたような顔して、周りとほとんど喋らないじゃないですか」

「元からこんなんだろ」

「じゃあ何があったか教えて下さい。棗さんの事で悩んでるんだったら、話だって聞きますし…」


確かに棗とホストの一件があってからだ。棗の仕事ぶりを気にし、事あるごとに尊敬の言葉を口にしていた女が、仕事中でも棗の話を一切持ち出さなくなったのは。

本当は俺とぶつけどころのない気持ちを共有したいのかもしれないが。腫れものに触る様なもんだと俺に気を使っているのだろう。

俺が棗とホストとの事を口にしないのは、仕事に関係ないから、そんな暇はないから、と割り切っているからだが。

本当の事を知りたくないのだとしたら?だから棗を知った気でいるのだとしたら?

昨日伊東が言った通りだ。俺は棗の事を何も知らない。だから女に悩んでいるのではと指摘されても、「違う」とも「そうだ」とも言い切れない。

じっと言葉を待つ女に対し、大きく揺れる胸の内を悟られないよう機械的に口を開いた。


「…いいから気にすんな。仕事、戻るぞ」

「…あんな人より、私の方が…絶対…」

「………っおい!」


いきなり胸に飛びついて来た女を拒む暇などなかった。

だがすぐ体を離さないと。誰かに見られたら本当に面倒な事になる。

そう考えてから体を引き剥がそうと肩を掴んだ俺に、女は拒むように更に体を密着させてきた。

その上で、女は俺の胸に埋めていたその顔を上げた。


「私、そんな顔の土方さんを見てられませ…」


胸に集まる熱も、潤んで俺を見る目も、女に飢えている同僚達なら一発で落ちるだろう。

だが俺は何も感じない。それどころか目の前の相手の事より、棗の顔ばかりが頭の中を巡る。

ホストと抱き合っている時に一瞬だけ見せた、あの顔を。

俺を見て、歪めた表情を。


するとその時。


「土方さーん、近藤さんが呼んでますぜ〜」


総悟だった。

その総悟の声で我を取り戻したのか、女は俺からぱっと離れ、顔を赤らめながら立ち去った。

そして呆然と立ち尽くす俺に、総悟は無表情だった。

きっと見られていたはずだ。そして面倒臭い展開になってざまあみろと思っているんだろうが。総悟は違った。


「あとで何か奢れよ土方コノヤロー」


「ああ」と振り絞った俺の声に、総悟はフンと鼻を鳴らした。



[*前] | [次#]

/3

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -