携帯電話の呼び出し音に、寝ていた時間を邪魔された。山崎からだった。
何の用だと寝起きの低い声で聞くと、慌てた声で緊急招集がかかったと言う。
「神威が見つかったのか!?」
「あ…違います」
一気に萎んでいく俺の声。それに気を遣うかのように、せわしない口調で山崎が言葉を続ける。
その一つ一つを、あまり冴えていない頭の中で整理すると、署の近くで強盗事件が起きたという。
強盗なんて珍しくねーくせに。何時だと思ってんだと時計を見ると、まだ六時だ。
「何でそれだけの事で…」
「実は目撃者がいまして、それが栗子さんなんですよ」
「…あ?」
「昨晩、現場のホテルで誕生日パーティーが行われたらしく、そのまま家族と宿泊してたようなんですけど、朝起きて受験勉強しようとしたところ、長官の車に参考書を置きっぱなしだったのを思い出して取りに行ったら、現場に鉢合わせちゃったらしくて…」
頭を抑えそうになった。
栗子といえば、警察庁長官の娘だ。
長官は近藤さんを警察官に引っ張った恩人でもあり、近藤さんだけでなく、俺や総悟、山崎とは個人的な関わりも多い。
その娘が目撃者。しかも俺らは栗子自身とも面識があるだけじゃなく、身を以って知ってもいる。栗子に対する長官の愛情の度合いってものを。
となれば、朝の六時だろうが、まだ眠かろうが、例えこれが緊急招集じゃなかったとしても、長官が絡んでいるとなれば、選択肢はあるようでない。
「十五分でそっちに行く」
言ってからすぐに仕度をし、連絡を貰ったホテルへ向かった。
すると当たり前だが、駐車場の入口付近には沢山の警察車両と警官らで既に溢れ返っていた。一部には本庁のも混じっている。
中に入ると、また一層酷い混雑だったが。廃棄予定の薬を積んだ業社の車は直ぐに見つけられた。救急隊員と警察官に囲まれている無事だった二人の従業員も。
山崎が来たのは、煙草を一本出して火を点ける前の事。そして直ぐにその二人と栗子の証言を伝えた。
それによると、犯人は全部で三人。都庁の側で拳銃を持った犯人の一人が車に乗り込んで来てから二人を縛るまで、ものの十五分もかからなかったという。
犯行に使われた車は直ぐ側に停められたまま、ある。それはつまり、駐車場に予め車を用意してあったという事だ。
「監視カメラは」
「勿論あたってますが、ここは入口にしかないらしくて…」
栗子に見つからず、従業員の発見が遅ければ、どの車が薬を積んで出ていった車か直ぐには分からなかったはずだ。
そうでなくても、直後に出ていった車の車種とナンバーを照らしても意味はない。きっと偽造されたナンバーだろうから。
頭のいい奴の犯行だ。思わず歯を食いしばる。
続く山崎の話で胸糞まで悪くなった。
「女?」
「はい。犯人の一人は女だったそうです」
しかも栗子の話によれば、自分を拉致しようとした仲間の男に置いて行くように言い、去り際には栗子を気にかけていったともいう。
「女だからびびったんじゃねーのか?」
「いえ、随分と落ち着いてたそうです。実は拳銃も持ってたらしいんですが、扱うのにも慣れてる様子だったと」
拳銃を扱うのに慣れている。聞けば犯行の手際もいい。証拠が残りやすい殺しをせずに目的の物を盗むだけ盗んで逃げた。
明らかにプロの仕事だ。だが目撃者を気遣う部分に関しちゃ、少し素人くささもある。
どういう人間だ。
犯罪に長けているのか、いないのか。
情に厚いのか、非情の塊なのか。
捕まるのを恐れているのか、捨て身なのか。
相手の正体がまるで見えない。
棗に聞けば何か分か…
「………」
療養中の人間に聞く気はない。電話をする気もない。
ヒントが欲しいなら他を探す。女はもうあいつ一人じゃない。
私情は、ない。
何も思い浮かばなかった事にしようと決めると、一人の警官がやって来た。似顔絵が出来たらしい。
普通なら署で時間をかけて聞き出す。だがそうも言っていられないという事なんだろう。が。
どうにも嫌な予感がする。
紙を見た山崎の表情が曇った。
不安が、増す。
「貸せ」
「…あの、でも…」
「いいからさっさと見せろ」
紙に書かれてあったのは、三人の似顔絵だった。
まずは二人の男を見たが。一人は目出し帽、一人はサングラスをかけている。どちらにも見覚えはない。
女の方はというと、髪は長く、目深に被ってあったキャップのせいで顔の下半分は隠れている。だがそれでさえ知った雰囲気の鼻と口だった。
…まさか
ただ、それは、俺が見たいと思っている物を違う形で見ているであって、他の人間は違う印象を持つかもしれない。
実物とこの絵はかけ離れているかもしれない。
似顔絵は捜査の大事な手掛かりだ。それを根本から否定して良い訳がない。
だがせずにはいられない。自分の中のあいつの存在を認めるのは癪だが、見ている物を信じるよりはるかにマシだ。
その時。
今頃になってようやくやって来たらしい総悟が、欠伸をしながら横から覗きこんで、言った。
「あれ?棗さんじゃねーですか?」
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