華やかな裏通りから1歩距離を置いた場所。チカチカとしたネオンだけが外界との隔たりを証明している。訪れたのはそんな馴染みの店。

入った店の雰囲気は相変わらずのものだった。

物静かで働き者のまだ若い男に、何もせず怠けてばかりのもう1人の男。2人をつまみにいつものカクテルを頼む。

ブルームーン

前に彼が私に勧めてくれたカクテルだ。

鮮やかなコバルトブルーに輝く液体の中、星型に切り抜かれたオレンジピールが表面でゆらゆらと泳いでいる。暗い店の中に浮かび上がる黄金色も手伝ってまるで本当の星の様だ。

甘みと酸味の効いた味、そしてそのロマンティックな名前からも女の子に好まれるカクテル。

でも今の私には気分含め、色合いも、この味も、年齢的にも、正直少しキツい。

だからもっと辛口の物でも頼めばいいのかとも思う。

例えばジントニック、マティーニ

間違いなくそっちのほうがピッタリくるのに。それでもブルームーンを頼むのだから、私も往生際が悪い。

このカクテルには似合わない小さな溜め息を吐いてしまった。


「どうした、もういいのか?」

「うん…」


二口、三口。この店に入ってからどれ位経ったのだろう。甘味が喉につかえる感じがして酸味がやけに突き刺さる。

全く喉を通ってくれない。頼んだのは紛れもなく私自身で、呑みこんだのも私自身なのに。まるで自分の意志とは無関係。

気を利かせてくれたバーテンの小太郎が「感想を聞かせてくれないか?」と作ってくれたのは鮮やかなピンク色に輝くカクテル。私をイメージして作ってくれたのだという。

これが私?

他の人間から見たら私はこの様なイメージなのだろうか。

細長いシャンパングラス。ピンク色の液体の中には赤いチェリーが沈んでいて、シュワシュワと音をたてながら気泡が上へ上へと上昇している。

フルーティで甘そうな見た目から、今はあまり呑みたいとは思えない。顔には出さないよう努めた。


「甘さは控えてある。辛口にしておいた」

「そう」


沈んでいるチェリーをそのままに一口つけてみる。確かに甘みはほとんどなく、思っていたよりずっと辛口で直ぐに喉が熱くなった。でも


「好みじゃないかも…ごめん」


口直しにと特別に出してもらったカリフラワーのピクルスをかじる。恐らく小太郎が漬けたものだろう。口中に独特の酸味と甘みが程良く広がっていく。

そしてまたすぐに温くなってしまったブルームーンを頼った。

結局何を呑んでも何を食べても満足しない。落ち着く先はあまり喉を通らないブルームーン。

彼の意のままにされているようで、彼に依存しているようで、彼から離れられないようで。相変わらず纏わりついて来る甘さや酸味が、舌に、喉に、絡む。

どうしようもなく嫌な気分

人のせいにするのは私の性分じゃないけどこのカクテルを勧めた彼を責め立てたい、殴ってやりたい、目一杯罵倒してやりたい。

何故違う酒をカクテルを勧めなかったのか。どういうつもりでこのカクテルを勧めたのか、と。

どちらかというと私の場合、もっと辛口で回りくどくない味じゃないか。そう、小太郎が作ってくれたカクテルの様に。

考えた込んだところでどうにもならない。頭を痛めたところでまな板の鯉の様な気分。

なので答えを求めにここへ来ているのかと言われれば、それは違うと答えてしまうのだ、私という女は。

あーあ、何て面倒臭い女なんだ。本当は答えを待ち望んで来ているくせに。私は大バカ者だ。


「今日位は来るだろ」

「…慰めにもならない」

「じゃあてめぇは何故ここに来た」

「あんたと小太郎に最後のお別れをしに来たの。何か文句ある?」

「だったらこれでも呑んでろ。そんなもんばっかり頼みやがって。最後位付き合え」


ぐい、と差し出されたのは晋助の呑んでいたウィスキー。この店でも高い酒のうちの一つ。いつも盗んで呑んでいる。今すぐ帰って来たなら叱ってもらいたい。

「いらない」と答えると「そらみろ」とでも言いたげに黙ったままグラスを下げた。

そしてそんな晋助に見せつけるように、まだ半分以上グラスに残っているブルームーンを先程よりも多めに口に含む。

小太郎の作ってくれたカクテルのせいで甘さと酸味が余計際立った気がする。はっきり言って不味い。

それでも求めてしまう

これが唯一の水分だとでもいうかのように、体中の細胞や、頭の片隅にまで。この忌々しい青い液体はあらゆる所へと浸透しきっているらしい。

むしろこの色とグラスが側にあるだけでもいい気がしてくる。

もうどうにもならないのか。諦めるしかないのか。

認めたくない。分かりたくもない。

丁度その時。手元の時計のミニッツリピーターが耳に鳴り響いた。

傾きかけた決心を取り戻そうと小さく頭を一振り。小太郎の作ってくれたピンク色の液体を一気に喉の奥へと流し込む。

時間だ。そろそろ始発の電車が出る時刻。


「もう少し待ってはどうだ」

「もういい。行く」


一時の馬鹿な夢を語りに来ていたこの街の酔っ払い達はとっくに視界から消え、客はこの店で私だけになっていた。

覚悟を決めたお陰か。ほとんどアルコールを摂取しなかったお陰か。足元は元気なまま。

隣の椅子に置いておいた荷物を引っ張り上げる指にぐっと力を込める。

重い

でもこれさえあればとりあえずは生きていける。私の全てがこの小さく狭い空間に積め込まれている。

そして中にはもっと広い世界へと旅立つ為の航空チケット。

あの男と同じ目線に立ちたいと思った。何を考え、何を感じて、何を思っているのか。きっと分かると思ったからだ。

答えを知る為に私はこの方法を取るしかなかった。


「……」


あんな男の事なんかもう忘れよう。何時戻るとも知れない男を待ってたところでこの世界は待っててくれない。

私はきっと酔っていたのだ。まだ来ぬ男を待つという悲劇の女を演じる事に。この酒に酔った振りしてそんな自分に酔っていたのだ。

すっくと立つとまだ残っているブルームーンが頼りなげに揺らめいていた。その青色が本当の味を知らずにどこへ行くと嘆いている様。

だけど今呑んだところで私にはまた言いようのない不快な味にしか感じないだろう。

いずれこの酔いから醒めた時、私は本当のブルームーンの味を知ればいい。

さあ、幕引きだ。


「もう、行くね」

「……」

「達者でな」


達者でな、なんて。いつの時代なのよ、小太郎め。

言う代わりに口元を緩めると私のそんな気の利かせ方を一切無にする様な大きな笑い声がドアから飛び込んできた。


「間にあったかのぉ」

「…遅いよ。辰馬」

「何じゃあ。そげな怖い顔して」

「私を待たせるなんてどういうつもりか知らないけど、一発殴らせてくれるんでしょ?」




bluemoon
(出来ない相談)



ブルームーンの材料の一つ・パルフェタムールの言葉の意味が「完璧な愛」だと知らされたのは辰馬の腕の中での事だった。


愛が仕込まれてるなんて。そんなカクテルは甘過ぎてどうりで私には合わない筈だ。






Bon voyage! tatuma・s 07/11/15
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