黒く覆われた空からは大きな雨粒が今しがた出来たばかりの何体かの屍と、それを作り出した私とをゆっくりと濡らしていく。そして流れ出るその血が雨と泥に混じって何とも言えない薄気味悪い光を帯び、だらだらと大地に溶け込む。

私に降りかかった赤黒いこの血しぶきが私の全身と私の中にある真っ直ぐな心の両方へと、先程までのまだ生ぬるい温度のまま染み込んでくるかのようだ。

今迄幾度となくそんな様子を眺めて来たのだろう。はっきりと言えないのは、何時しかそれを数え忘れる程ありふれた日常の光景になっていたから。

そのせいか無意識のうちに、体に染みついた「癖」のように、血の滴るままの刀を何事もなかったかのように鞘に納める。また血が付いて、雨に濡れてしまったこの刀。きちんと手入れをしなければ、この大地と血の色の様に赤く汚れた錆が付いてしまうに違いない。


次第に強くなる雨脚が段々と視界を奪っていく。何故だかまっ白に見えるのは、頭の中が混乱しているからなのか、雨脚のせいなのか。もう2度と私の目の前に姿を現す事はない周りに転がる肉の塊をぼうっと眺め、そんな雨に打たれながら私は思うのだ。

私はその辺の肉の塊とは違うという事を。私はまだ生きているのだという事を。

その証拠に興奮も次第に治まり感覚が普段と同じようになると、先程私に降りかかった血の生温かさは冷たさへと変わるのが分かり、雨で指が冷たくなっていく様や、雨で濡れてしまったせいで着ている服に重みを感じるようになってきた。


雨は段々と勢いを増してバケツをひっくり返したような激しさを伴い、突っ立っているままの私に容赦なく降り注がれる。しかしこの雨脚の激しさと冷たさが段々と頭の靄を打ち払いすっきりさせてくれる。そして次に何を為すべきか思い出させてくれた。

そこでようやく私は冷え切ってしまった重い体を起こし、彼の待つ温かな家へと向かった。




「また斬って来たのか」

「また、なんて言わないでよ」


奴等はこの国には必要ないでしょ?そう言って笑顔を向けると晋助はいつものように低く「くっく」と笑った。しょうがねぇな、と半ば呆れ果て、しかし面白そうにこうやって笑う。私に近づいて来た晋助からは今しがた吹かしたばかりの煙管の甘苦い香りがほのかに漂ってきた。そして雨と泥と返り血で汚れ、それらの匂いにまみれた私に向かって言うのだ。


「随分汚れてんじゃねーか」


暑い夏だというのに冷たく冷え切った私の手に触れ、泥と返り血のついたこの手の汚れをそっとその手で包んでくれる。

ほんわりとした人間の温かさをもつ晋助の手の温度はいつも心地よくて好きだ。

そしてこの手が暖かくなる頃にようやく『私は生きている』『また人を斬る事が出来る』と、その手の温度によって私に生きる意義を思い出させてくれる。それはその温かさでいつだって死への淵へといた私を拾い上げ、私を現実の世界へと引き戻してくれる事を意味している。その温かさでもって私はいつも救われる。


私が何でも出来るのは晋助のこの手があるから、温かさで救ってくれるから。だから私は何だって出来るのだ。


2人の掌に落とされる晋助の右目の視線が私の頬をほんのりと上気させる、そして晋助がその頬に視線を捕らえると寒くて青くなっている唇が熱を持つ、その唇に晋助がゆっくりと指を這わせて唇を重ねると、熱に浮かされたように私の脳がぼんやりとしてくる。

そしてそんな私を全て包み込むかのように晋助は私を強く抱き締めてくれると、いよいよこの体の奥が熱く疼き始めた。


それでも晋助が今見ているもの、抱いているものは、雨に濡れた私ではなく汚れてしまった私の手でも体でも無い。

失った左目の代わりを補うかのように黒く美しく輝くその光の当たる右目に映す物は、この腐りきった国を変えようとする未来であったり、今の晋助を築いた昔の友の事。抱くものはそれらへの情熱。

キラキラ輝くその右目に映るのは、キラキラした晋助の想いと思い出達。それらが晋助の生きる意義であり、糧となる。私を救ってくれる晋助の手の様に。それらはまるで眩しい太陽のよう。晋助のこの手の温もりもその太陽が与えているのかもしれない。

しかし太陽は時々隠れてしまうもの。晋助が時々手がつけられなくなるのは、光を失い行き場を失くしてしまうからだろう。さながら暗い森に迷い込んだ子供のように。必死にもがいて、さ迷い歩く。

暗闇の中、太陽に変わるものとして晋助のその目の光をずっと変わらず保ち続ける為に必要なのものは、満ち欠けを繰り返す月でなければ、数多の消えゆく星屑でもない。何物にもとらわれる事無く消え行く事も無い、そう鬼火のような温かく常に晋助を照らしてあげられるものが必要。ああ、それなら私にもなれる。太陽のように眩しくはなれないけれども晋助の側にずっといられる事は出来るから。


そうしたらその目の輝きは一層強くなるでしょう?暗い中でも明るい中でも両方輝く獣の目。まさに晋助には御あつらえ向き。

そうすればもっとその目は私を映してくれるに違いない。きれいじゃなくてもいい。例え晋助自身は私を見ていなくても晋助の瞳に映る自分を見る事が出来る。晋助の目に光を与えている自分を見る事が出来る。それによって私は幾分かは救われる思いが気がするから。




ねえ、もしそうなら

晋助の目が血の色で紅く輝く私を映してくれるというなら


これから先どれ程人を殺めたらいい?








迫り来る屍すらも踏み越えて
肉を斬り裂き血で血を洗い
この手とこの身を朱に染める
貴方と2人手を取り合って
進むは人の道でなし




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