声が枯れるまで散々喘いだせいか、口からはガラガラとした音をあげるだけだった。唾液はとっくに音をあげていたのだろう。これじゃあ眠れるはずがない。側に投げ捨ててあったシャツを手に取り、台所へ向かう為にベッドから起きると、高反発のスプリングが少しだけ跳ねた。



「起きたのか」
「ん」



言葉は乾燥した魚の鱗のように喉の奥に張り付いていて、たった一言、それしか言えなかった。今、ベッドの脇で白濁とした有害無利益の煙草を悠然と吐き出している未成年の彼に、これじゃあ何も言えたものではない。

ちらりと見たその姿は、どこまでもずるくて賢く、落ち着き払っていて、あくまで大人のなりをしていた。そこに惹かれて付き合う程、男に窮していたわけではなかったけれど、そんな彼に目を細める今となっては、それもどうだか怪しい。ただ、特にお金があるわけでも、地位や身分が高いわけでも、ましてや知的探究心を酷くくすぐられるわけでもなく、今の自分の社会的地位を投げ捨てるような危険を冒してまで付き合うメリットに、その姿は見合う程のものでもない。

じゃあ私は一体なぜ彼と付き合っているのだろう。なぜこの手は彼を拒まないのだろう。感情が意思を支配し、動機は後付けにされ、子供のように損得勘定抜きでに恋愛をしているとでもいうのだろうか。だったらこれは、分別のある大人のする事ではない。葛藤に苦しみながら、結局は欲求と好奇心には勝てずに楽園を追われ、混迷の中で生きていくしかなかった、イブのような「女」がする事だ。


私がイブなら、彼は一緒に墜ちたアダム…そんなわけはないかと頭を少し振って、冷蔵庫の扉を薄く開いた。彼の場合は、後腐れなく遊びたい、背伸びをしたい、求めてたまらないスリルを味わい、日常から逃げ出したい、そんな単純な理由で私と付き合っているだけだろうからだ。決めつけるわけではないが、そうではないと言える確信も根拠もないし、その方が、欲望と葛藤と現実の狭間で生きている、実に思春期の高校生らしい行いと判断だと、理論づけられる。

でも相応の相手をすれば機嫌を悪くし、大人の友達としての扱いをすれば些細な独占欲を見せる。一応は「男」として扱って欲しいのかもしれない。が、如何せん、彼は教え子であり、まだ高校生である現実は変えられない。煙草を吸っている彼には、そんなもの、どうでも良さそうだけど。ただし、手にしている缶ビールに伸ばしてきた手を払いのけると、顔の歪みは子供らしく、顕著に表した。



「まだ高校生なんだから、牛乳かなんかで我慢して」
「煙草はいいって?」
「煙草もダメに決まってんでしょ」
「今更何言ってんだか」
「大人の言う事は聞いとくもんよ、そうすれば可愛がってもらえるから。例えそれが間違いだとしてもね」
「可愛がってもらえる、ね」



何かを思い立ったかのような小さな含み笑いを浮かべた後、彼は力強く私を抱きしめ、耳に唇を寄せてきた。ほとんど中身の残っているビールの缶が、腕の下で重く垂れ下がる。


水さえも満足に得られないここはもう楽園ではないのだろう。だったら目の前にある物に手を伸ばさない理由などない。例えそれに触れる事がまた不道徳な事で、罰を受けるに等しい行いだとしても、墜ちたここで生きる為に、それは必要なものだから。



「俺はこれからどうしたらいいのか教えてくれよ…センセ?」
「早くキスして」



合わせた唇に溶け合ったのは、互いの唾と、二酸化炭素が飛んだ腑抜けた苦み。喉の渇きは癒えずじまいのまま、ベッドに溺れるように沈んだ。





渇望の果てで待つ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -