私には、悩みがある 。

友達だと思っていた男を好きになってしまった。名前は坂田。

付き合いがまだ浅いか、それなりに互いの性別を気にしている者同士なら大した問題ではないのだろうが、出会ってもう2、3年は経っているし、坂田は私と友達以上の仲になりたいとは思っていないだろうし、それどころか、私を女として認識しているのか。それすら怪しい。加えて、坂田は仕事を碌にしていないし、イケメンでもないし、糖尿病寸前だし。周りにいる男は坂田1人じゃないのに何故敢えて坂田なのか。好きになってしまったのか。我ながら理解に苦しむ。これが友達の話なら「やめといた方がいいって!」と涙ながらに説得を試みる。
それでも私は…チョコを渡したい。2月14日のバレンタインに。
分別のある大人だし、チョコなんて渡さずにさっさと告白して玉砕すればいいのに「それとなく自分の気持ちに気付いて、女として意識してくれたらな、でもクリスマスに合わせて行動に移すのは日にちが近すぎて。え?無理無理。クリスマスにまでなんて無理」なんて自己満足にも程があるいやらしい考えを11月頃に思い始め、何の行動も起こさずにクリスマスの朝を迎えてそんな希望が決心に変わると、幸か不幸か、そのクリスマスの夜に二人きりで飲む事になった。
店は普段利用している居酒屋だったし、ビールに日本酒、枝豆、焼き鳥、と普段のメニューをいつもの会話のまま食べて飲んだが、二人で飲めた事実が嬉しかったし、クリスマスだから少しはいい雰囲気になったりするのかな、なんてゲロを吐かれる寸前まで期待してみたりもしたが、結局、それどろこじゃないまま坂田を家に送り返した。…ねえ、普通逆でしょ。しかもクリスマスにゲロまみれって。
本当の勝負はバレンタインだから、と自分で自分を慰めながら迎えたお正月。願をかけに行った初詣でたまたま会ってしまい、隣でパチンコが大当たりしますようにとクリスマスのゲロ同様生ゴミ以下の願い事を真剣な表情でしている横顔を盗み見しながら、屑が相手だろうとやっぱりチョコをあげようと改めて神様と自分の心に誓ったはいいが、坂田と違って分別のある大人だからこそ新たな悩みが生まれた。
どういうチョコをあげたらいいのか分からない。
手作り?市販?家に招待して料理でも作ればいい?どうせ何度か行ってる家なんだから多少強引だろうと押しかけて行って作ってもいい?しかも坂田は甘い物には目がない。どこに行っても甘い物。コンビニに行くと甘い物を必ず買い、ご飯に餡子を山盛り乗せて食べる、家に行って出された飲み物ですらいちごみるく。そんな生粋の甘党だ。その上、万年金欠で、食事にだって事欠くもあるので、ある意味、質より量ともいえる。その前に彼女が出来ないとも限らない。と色々考えたら埒があかない。きりがない。
もう、どうしよう。どうしよう。どうしよう…。神様、どうしよう。



私には、悩みがある。

友達でしかないと思われているであろう好きな人にチョコを渡す場合、どんな顔で渡したらいいのか。

散々悩んでいたチョコに関しては解決した。坂田にご飯を奢る羽目になった1月の下旬のある日、最近出来たというチョコレート専門のショップの前を2人で通った時だった。店内が女性客で賑わっているのを横目にしながら「その辺で売ってるのとどう違うんだか。一回食ってみてぇもんだ」とデザートの特大パフェを完食したばかりの口で、そんな言葉をぽとりと零した。そこで、あからさまに義理には見えない、かと言って、恋人と二人で食べるようなサイズの物でもないそれなりの物、をそのショップで買った。坂田は自分が呟いた事なんて覚えていないかもしれないが、悩んでいた私には天の声に聞こえたし、坂田の甘い物への強い欲求に感謝した。
そうして、いざチョコを決めたのはいいが、その瞬間からそうした現実的な悩みに直面したのだ。普通の顔で渡せたらいいのだろうが、果たして出来るかどうか。顔にわりと出やすい私にとって、それは何気に難しかったりする。
そこで、13日の夜は少しだけ早く帰ってゆっくりお風呂に入り、普段はろくにしない肌の手入れをし、少し早めに布団に入っただけで、エステや岩盤浴、美容院に行くだとかの特別なことはせず、普段通りを心がけた。普段と同じ日常を過ごす事で、坂田に対しても普段と同じように接る事が出来るだろうと考えたからだ。
その甲斐あってか、14日当日、普段はあまり着ない気合いを入れたい時用のコートを選んだだけでいつもと同じ化粧をし、眠そうな声で電話に出た坂田に対して「今から家に行く」といつものトーンと声でなんとか宣言する事が出来た。うん、声は震えてもいなかったな、よし。なのだが、実際は電話の声にすらビビってているのだから、私は相当緊張している。それでも眠っていた様子な上に、ただですら鈍感な坂田には何も分かっちゃいないだろう。だらしない男でよかった。あの声の感じなら、渡す時もきっと大して時間はかからないだろうし、渡した直後は何も勘ぐられない筈。
とうとう家に着き、玄関のチャイムを押して、明らかに電話後も眠っていたと分かる格好の坂田にチョコの入った紙袋を渡すと、半分閉じていた坂田の目が一瞬大きく開いた。これでいい、私は一応友達としてチョコを渡しに来たのだから。
坂田は渡されたそれが何なのかを寝起きの脳みそでやっと処理をしたらしいが、その顔に驚きや喜びはない。かといって迷惑そうな表情でもなく、寝起きとはさほど変わらない普段と同じ死んだ目になった。どう捉えたらいいんだ、この態度は。ただし、身構えると気持ちがバレそうなので、バクバクする心臓とは裏腹の澄まし顔で坂田の顔を見返す。


「ああ、何、わざわざ何持ってきてくれたわけ。今日何かあった?」
「バレンタインだから。それ、チョコ」
「ああ、チョコね、なるほど、チョコだったのか。そういや、朝から女共がやたらと来て色々置いていきやがったな。ああ、バレンタインだったの、今日。あっそ、チョコね、これ、チョコ」


…袋に入っていたチョコを出してじろじろ品定めしながら、慌てて意味不明のモテ自慢をしているが、パジャマ姿で明らかに寝起きだし、天パが輪をかけてぐしゃぐしゃだし、チョコ見過ぎだし、今年はまだ一個も貰えていないようだ。嘘なんか吐かなくていいし、吐く必要もないのに、何で見栄を貼ってんだか。分かりやすい。単純。馬鹿。
彼女はとりあえず出来なかったようで安心したのと同時に、一個も貰えていない坂田が可愛いそうになってきたし、こんな人を好きになってしまい少し悲しくなってきた。今の私は「女の子に優しくした場面をたまたま目撃したら慌てて言い訳をするぶっきらぼうな我が子を温い目で見る母のような顔」に違いない。どんな顔で渡そうか悩んで損した。


「わざわざ、へ〜。あっそ。チョコね」
「じゃ、女の子がこれからも沢山来るだろうからもう帰るね」
「ちょ、ちょっと待て…っ!」
「何」
「あのさ、これって…その…義理?」


普通、チョコを渡した目の前の相手にこんな事を聞くだろうか。私の気持ちを知った上で聞いてきたんだろうか。それとも義理じゃなければ困るんだろうか。とにもかくにも、デリカシーがないのには違いない。
神様、こいつを今すぐ殺して下さい。


「義理だね!」
「だよなー!」


半分涙目でゲラゲラ笑う坂田。もしかしたら今が告白のチャンスだったのかもしれないし、義理なわけないでしょ!と明るく言って困った顔をされたら、冗談だって、で済ませられたのかもしれないのに、義理だと言い切った私。
神様、今すぐ私も殺して下さい。
もう、どうしよう。どうしよう。どうしよう…。神様、このまま帰っていいですか。そうだ、このまま帰ろう、とりあえずチョコは渡せたんだから。そう思った矢先、坂田が笑うのを止めた。


「だったら何でわざわざこの店のチョコにしたんだよ」
「…えっ?」
「普通、義理チョコ渡すのに、相手の好みや店まで合わせるもんかね。前にキャバクラ勤めのゴリラ女に聞いたら、あの店のチョコ、一粒でも随分と高ぇんだってな。なら、このサイズでも結構いい値段だろ。しかもそのコート、お前、前に勝負服だっつってたし」


…忘れてた。コートについて、そんな話を一度だけした事がある。失敗出来ない大事な仕事があった日の帰りに会って「珍しいな、そんなの着て」と声をかけてきた坂田に、勝負服だからと言った。そんな記憶がある。つまり坂田はチョコの事もあって、本当は義理じゃないだろ?と私を問い詰めているのだろうが、ちょっと待てよ。…え、ちょっと待って。
坂田の理論でいうと、単なる友達でしかない私の、私ですら忘れてたそんな些細な話を…


「…何で覚えてんの」


頭を掻いて私から目を反らした坂田の声が、らしくもなく詰まった事で、新たな悩みが出来た。

坂田の事をこれから何と呼べばいいんだろう。



眩ませ惑わせ召しませ



title:浮世座

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