高杉の周りには、よく人が集まる。
独特の雰囲気のせいなのか、資産家の息子という家柄のせいなのか、リーダーシップがあるからなのか、チビのくせに顔がいいからか、は分からないが、集まる人の性別は半々だ。
そして、集まる女の大概は、髪の毛が長い。
歴代の彼女の大半も髪の毛が長く、似合ってもいた。付き合ってた期間はどれもこれも短かったにしろ、高杉は髪の毛の長い女は嫌いではないと思う。
そんな高杉に恋をしてしまったが為に、高校までは部活一筋で短かった髪の毛を伸ばす事にした。

そう決意をしたのが一年程前の事で、お陰様で、今は女の子らしく、胸の下辺りまで伸びている。
高校の同級生は私に会うと皆同じように驚くが、私だって驚きだ。
たった一人の男の為に高いシャンプーを買い続け、食事は勿論のこと、枝毛どころか髪の艶まで気にするようになり、香りにだって神経を使う。自然乾燥は絶対にダメ、ドライヤーは勿論マイナスイオンが発生するもの。トリートメントは週に二回、パーマもカラーリングも髪の毛があまり痛まない薬剤を使っている美容院に行くようになった。シャンプーなんて家族と一緒に適当なのを使って、濡れたまま寝てしまう事が珍しくなかった昔の私とは、まるで別人だ。夏だってウザったかったが、結んで切り抜けた。
勿論、髪の毛を伸ばす事以外にも努力はしたが、自分で似合っているかどうかは分からないし、ここまでしても振り向いてもらえないかもしれない。
何せ高杉はモテる。チビで目付きが悪くて、ぶっきらぼうで分かり辛いくせに、物凄くモテる。
だから、頑張ってはみても、ダメならダメで仕方が無い。卒業する時になっても高杉に女がいなかったら、告白して、フラれたらこの髪の毛は切るつもりだ。

ところが、だ。
十二月に入って数日経ったある日、フラれた。
高杉と女が、二人で腕を組んで高杉のマンションに入っていったようで、それを見た友人の話だと、相手は髪の毛の長い美人だったという。
付き合ったところでまた直ぐに別れるかもしれないが、高杉はモテるくせに一年以上誰とも付き合わなかった。
きっと、その人は特別な人なんだろう。今までの女や、私とも、違って。
覚悟はしてたし、告白したところできっとフラれてた。結果が数ヶ月早く訪れただけだ。大体、高杉がこの時期に一人でいる事の方がおかしい。当然の結果だと言える。逆を言うと、それを分かってておきながら、ほんの少しだけ期待してた私が間抜けだとも言える。

そこで、気持ちの整理を付ける為に、美容院へ行った。
勿論、切る為に、なのだが、鏡の前に座る私は既に見慣れた今の私だし、今時失恋して髪を切るのもなんか恥ずかしいし、苦労して伸ばした髪の毛だ、それなりに愛着がある。
結局、往生際の悪い私はばっさり切る気にはなれず、肩まで切る事にした。
「いいんですか?本当に切りますよ?」「いいです、お願いします」「え〜勿体な〜い」「いやいや、ばっさりいっちゃって下さい」
そんなやりとりを何度かして、とうとう二十センチ程切った。
椅子に座って少し頭を振ってみると、髪の毛が軽い。ドライヤーの時間が短い。でも心はそれ程すっきりしない。美容師さんから散々誉めてもらっても、鏡の中の私は、あまり上手く笑えていない。
美容院を出るとすっかり日が落ちていて、闇を濃くした空に浮かぶ星までもが街中の様にきらきら輝いてる。…寒い。身も心も寒い。
今にして思えば、髪の毛が長いと首周りはそんなにスースーしなかった。それなのに今は昔と同じように頬を刺す冷気が気になる。冷たい夜風がそっと吹くだけで思わず肩がすくむ。マフラーは厚めのものでないと、なんだが物足りない。

そのせいなのか、たまたまなだけなのか、風邪を引いた。お風呂上がりに髪の毛を乾かす時間は短くなったのに。小学生か。
悪い事は続くもので、熱のせいでベッドでうんうん唸っている時に、お見舞いの言葉と共に「高杉と一緒に歩いていた人間は女装した男だった」という連絡がきた。
内容は良い事だ。それは違いない。喜ばしい事、なのだが、勝手に勘違いをし、苦労して伸ばした髪の毛を切り、高杉のタイプと思われる女像から遠のき、終いには風邪まで引いたわけだ。このクリスマス前に。あと二カ月後にはバレンタインもあるのに。
そんな事を一人で悶々と考えていたら、鼻の奥が痺れて、涙まで出てきた。熱い頬に熱い涙が伝わる。頭が痛くて笑うに笑えない。何をしてるんだ私は。

薬を飲んで、熱にうなされながら、それでもしばらくうとうとしていると、玄関のチャイムが鳴った。時刻は夜八時近く。こんな時に誰なんだろう。
玄関の覗き窓を見る、声を聞いて名前を聞いて誰かを確かめる。そんな当たり前の事すら出来る余裕がないままドアを開けると、驚いた目と出くわした。
夢でもみてるんだろうか。幻覚だろうか。…高杉が、目の前に、いる。
いや、むしろ夢であって欲しい。声はガラガラ。メイクどころか、汗を掻いてるのに、お風呂にも入っていない。その上、Tシャツにスウェット姿。こんな格好で大好きな高杉に会うより、いっそ夢であってくれた方がいい。


「………どうした、そのなりは」
「……悪かったね」


だから会いたくなかったのに。風邪なんだから仕方ないだろう。髪の毛だって、誰のせいで切ったと思ってる。誰のせいで風邪引いたと思ってる。いや、高杉のせいじゃなくて、自分のせいだけども。いいから帰ってくれないかな。帰れ。
情けないやら、悔しいやら、馬鹿馬鹿しいやらで、他の事は言えるのに、言いたい事が何一つ言えなくて腹が立つ。何度かここに来た事があるとはいえ、仮にも女の部屋だというのに、緊張感の欠片も無しに寛がれるのもまた腹が立つ。アイスとゼリーをわざわざ買って来てくれたのは有り難い。けれど、何で勝手に冷蔵庫の中身を探り、それを見て舌打ちまでして、挙句の果てにコーヒーまで淹れてるのか。
追い返そうにも、頭の中が沸騰しかけていて、ベッドに戻るのが精一杯だが、一通りの事をした高杉は、こんな私の事を知ってか知らずか、とうとうベッドの脇に来て、座った。
「熱は」「いつから具合が悪かった」「病院は行ったのか」「もう薬は飲んだのか」「あれこれ買ってきたが、何なら食えそうだ」
高杉は散々質問を浴びせながら、じろじろと私の顔を眺めた。口調にも優しさは無く、責められているみたいで、自分の家なのに居心地が悪い。休みたいのに休めない。
もう帰っていいよという言葉を苦し紛れに呟こうとしたところ、不意に顔にかかった短くなった髪の毛を掻き分けられた。顔に触れた高杉の指が冷たい。それに優しい。指先が高杉そのままのように思えた。


「この時期に髪の毛なんざ切るからこうなる」
「………悪い?」
「いや。いい眺めだ」


高杉が意地の悪さを隠そうともせずに笑う。その上、私から視線を逸らしてくれない。その距離、三十センチ。顔と顔の距離が近いので、ただですら熱い顔に、また熱が加わった。
すっぴんで、真っ赤になっている顔をじろじろ見られるのは、かなり恥ずかしい。
今すぐ布団に潜るか、反対を向くか。帰ってもらうか。目を閉じて寝た振りをしてしまいたいけど、寝顔を見られるのは嫌だし、こんなチャンスは滅多にないから勿体無い気もする。
熱ですっかり思考回路を寸断されている私には、何がいいのか選べない。どうしたいのかも分からない。心臓の音と動きが「早くどうにかしろ」と決断を急かす。


「…じゃ、好きにすれば」
「そうさせてもらう」


髪の毛の長さが足りないせいで、笑いながら私の頬にまだ冷たい手を伸ばす高杉の顔がよく見える。逆を言えば、高杉にも私の顔がよく見えている筈だ。
髪の毛が長かったら…。あーっ、もう。
今この瞬間、髪の毛を切った事を一番後悔しているのは、世界中の女性の中で誰でもない。きっとこの私だ。




赤い耳


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