「あのさー、ホワイトデーに雪が降ったら何て言うのかな?ホワイトホワイトデー?」
「北国じゃあるめぇし、こっちで三月の半ばに雪が降る事なんてまずねぇだろ」
「だって今年は寒い日が多いし。降るかもよ?」
「珍しく考え事すんのはやめてくれませんかねー。本当に雪が降ったら帰れなくなっちまう」


今年は寒い日が多く、北国ではないここでも雪が多い。特に二月に入ってからは雪の日が何日もあった。
バレンタインのチョコは、そうした大雪が降った後のぐちゃぐちゃの足元だったのにも関わらず、なんとか渡せたものの、首都機能が麻痺した、とまたニュースになる程降っていたら、沖田に渡すどころか、用意すら出来なかっただろう。
とはいっても、沖田を好きになって約二年経つが、告白をする気はなかった。
本名とも義理とも言えないチョコを渡したら、はい終わり。告白をしようものなら「鏡、見てこい」とフラれるのが目にみえているし、気まずくなりたくもない。
だから、沖田には言えないが、今の私には、こうして沖田の隣にいられるだけで十分幸せだ。



三月十四日。沖田に誘われて、近くのスーパーへ行った。
甘いもんを買いに行くと言っていたが、食品コーナーへ行くのかと思いきや、真っ先に向かったのは、ホワイトデー用の特設コーナーだった。
珍しい事もあるものだ。確かに、バレンタインデーには、例年通り、沖田の事を顔だけしか見ていない女性達から、チョコを沢山貰っていた。ひょっとして、彼女達の一人一人にお返しをするんだろうか。
訳が分からないままかごを持たされると、沖田は私を見ないまま目の前の商品を手に取り、何のためらいも無しにそれを入れてきた。マシュマロ、クッキー、キャンディー、マカロン、チョコレート、とにかく手当たり次第に放りこんでくる。
ホワイトデーの今この時期に加え、見た目だけはモデルの男性にも引けを取らない外見だから違和感なく見えるのだろうが、だからといって、売り場にいる私は男の人に混じっているというわけでもなく、意外と女性も多い。
でも、大概は、誰かに頼まれたか、友チョコをくれた相手に渡す物を探してるんだろう。こんな風に、好きな男の荷物持ちでここに来てる間抜けは、私くらいしかいなさそうだ。
あれこれ見、どんどん増えていくかごの中身を一つ一つを眺めながら、だらだらぐるぐる売り場を回っていると、かごが一杯にになる頃には、どこに何があるのか、大体覚えるまでになった。

一通り見終えると、沖田は財布を私に渡した。勿論、レシートを取っておく。払い終えて袋を持つと、荷物の重さが、腕から肩、腰へ、ずっしりくる。
…重い。はっきり言って、自分で持って欲しい。何で私が。
沖田の背中を追うと、食品コーナーには行かず、そのまま外へ出るらしい。出口へ向かった。恨めしい気持ちのまま、重い荷物を持ってその後を追う。
すると、左手をポケットに突っ込んでいた沖田から、右手で小さな袋を投げられた。
落とさないように何とかして掴んだのは、ポケットに入る程の小さな箱だが、紛れもなく、高級菓子店の箱だった。
お礼の言葉だとか、嬉しさを伝える歓声だとか、沖田に対して自分の気持ちを伝える為に何かを発しなきゃいけないのは分かっている。分かってはいるが、驚きすぎて、言葉も声も、何も出てこない。
じっと見ても、何度瞬きしても、掌にあるそれは、さっきまでいたあのコーナーにはなかったものだからだ。


「これ…」
「悪かったな、付き合わせちまって」


そう言うと、沖田は私から袋を奪って、その中から箱を一つ取り出し、乱暴に中身を空けた。そして、それをあっという間に口の中に入れてしまった。
要は、食べた、のである。今さっき買った、お返しを。


「食べていいのっ!?」
「誰が他の奴にやるなんて言いやした?全部俺のに決まってんだろぃ」
「全部っ!?」


何食わぬ顔で、またまた箱の中身を口に入れた沖田。あ、また食べた。
確かに、駄菓子を大人買いする沖田なら、今買ってきたばかりの買い物袋一杯分の量のお菓子を、本当に一人で食べたとしても、大して驚く事ではない。
それよりも…。自分の手の中にある物を再び見た。
沖田は私の分を実は用意してあった。これは一人で買いに行ったんだろうか。それとも男友達を誘って二人で行ったんだろうか。多分今日みたいに女性だらけだっただろうに。ウロウロ見て回ったんだろうか。帰りはデパートのロゴか、チョコのロゴが入った袋を持って帰ったんじゃ…。
この沖田が。モテモテで、女の子からは沢山貰うのに、自分からはプレゼントなんて滅多に買わないサディスティック星の王子様が。
まずい。顔がにやける。


「ありがと」


やっと絞り出した私の声は、自分でも分かる程、震えていた。
すると、沖田が一瞬笑顔になった。それも、人に警戒心を抱かせるようなサディスティックなものではなく、滅多に見せない、私の好きな柔らかい笑い方で。


「あ…」
「あーあ。おめぇのせいで雪が降ってきちまったじゃねぇか」
「えっ」


貰えた袋、それと、沖田の事にばかり意識と視線を集中してたせいで、全く気がつかなかった。
表情を戻した沖田につられて空を見上げると、息を吐けばその熱で融けてしまいそうな、頼りない雪が降っていた。どうやら降り始めのようだが、折角のこの雪も、この様子だと積りはしないだろう。
空は朝からずっと曇っていた。今日は一日中寒いでしょう、とどの天気予報でも言っていた。だからといって、雪が降るとは聞いてない。思ってもいなかった。
つまり、これは沖田のせいだ。沖田が滅多にやらない事をしたせいで。

スーパーで買った方が絶対に安かっただろうが、近くにあった自動販売機へ行き、あったか〜いと書かれてあるお茶を買った。
これは自分で飲む為の物ではない。沖田の手が突っ込んである方のポケットに無理矢理入れる為だが、買い物に付き合っただけで高級チョコをくれた優しい沖田の事だ、口では文句を言いつつ、狭いポケットの中に私の手をそのまま突っ込んだままにしても、無理矢理手を抜いたりしないだろう。今は、雪も降ってるんだし。

背中に追いついて、心の中でこっそり立てていた計画を実行する。よしよし、上手くいった。お陰で、ポケットは今にもはち切れそうになっている。
マフラーを上げて緩んだ口元を隠したが、沖田が隣で溜め息を吐いた。あ、思い切り見られてたようだ。


「何で笑ってやがる。気持ち悪い」
「いやあ〜、ホワイトホワイトデーだなあと思ってさ」
「何言ってんですかい。今日も何ら代わり映えのねぇ日だろ」



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