今日も疲れた〜また疲れたな〜。っと。


「………はああー…」


腹の底にずっと溜まってたせいで澱みに澱んだ重い溜め息が、気を紛らわせる為に吐きだそうとした言葉よりも先に溢れ出た。その為か、その溜め息は余りにも大きく、私ですら大袈裟に聞えた程だったが、誰に聞かれたって構わない。どうせ私の周りには人っ子一人いないのだから。

今朝の夢は仕事に追われる夢だった。一昨日の夢も仕事に追われる夢だった。その前日は、高い建物の中にあるエレベーターに乗って上の階に昇っている途中、事故でエレベーターごと落ちる夢。で、その前日は、街を占拠したゾンビの軍団に襲われる夢。
と、まあ、ここ数日はワンコインのお弁当に彩を添えるネタにもならないような悪夢ばかりをみていたので、本当はとても寝たいのに寝たくない。夜中に起きたり、汗をびっしょり掻いて目覚めるので、疲れが取れていない。熟睡してる筈なのに、あまり眠れていなかったりする。
その為か、最近、仕事上の簡単なミスが増えた。それに、目の下にそれを象徴する影が日に日に存在感を増している。肌だって以前に比べたら明らかに元気が無い。体も硬い。肩も腰も痛い。

ならばどうしたらいいか。夜中に出かける?だめだ、それじゃ次の日に響く。起きたままでいる?死ねってか。前後不覚になるほどアルコールをとる?それなんてもってのほか。気持ち悪いまま寝たくないし、二日酔いになって仕事で大きなミスをするわけにはいかない。それに倒れたりでもして仕事に穴を空けたらどうなる。睡眠薬を貰う?それは最終手段だ。なるべくしたくないし、そもそもお医者さんに行ける時間は無い。
そう、だったら、せめていい夢をみたらいいんだ。悪夢ではない夢をみれたらいいのだ。夢が楽しければ、眠るのだって楽しみになる。寝不足が解消される。仕事が捗る。現実世界がどれだけ大変だって、良い夢をみた朝はそれだけでテンションが上がる。
どうせ夢なんだ、贅沢は言わない、空を飛んだり、美味しい物をお腹一杯食べる夢、そんなのを。カッコいい男の人と喋るような夢くらい神様だって許してくれればいいものを。

解決策が見つかれば話は早い。善は急げだ。コンビニにでも寄って、夢のネタになる様な楽しい雑誌でも探しに行こう。
肩に食い込むバックの重さをなるべく気にしないようにしながら、そんな事を考えていると、目的の方角にようく知る人間を見つけた。相手も気づいたようで、自然と距離が近づく。


「よお。今帰り?」
「………」


そして話の流れで居酒屋に付き合い、そこで少し飲んで、酔い潰れた坂田を家に送るのが面倒になったので、この私が自分の家に運び込んだわけだ。が、雑誌は買えてないわ、坂田の鼾が狭い部屋の中で響いてるわ、で、これじゃまたいい夢をみれる気がしない。
あのさ、何であんたはそんなに幸せそうな顔で寝てるわけ。おかしくね?ストレス無いんでしょ、どうせ。

ちっとも軽くなってない溜め息を吐いてから、寝ている坂田をそのままにしてお風呂に入り、自分の顔を鏡で見てみると、朝よりも肌のくすみが目立ち、目の下にクマを飼っている女がなんとも悲しそうな目でこちらを見つめていた。
いや、これは違う。私じゃない。どちら様?
髪の毛を乾かす前に、いつも使っている化粧水で普段以上に時間をかけて顔のマッサージをする。少しばかり乳液を大目に付ける。全身にいい香りのするローションを付けてマッサージをし、下着も少し可愛いのにした。お酒も入って少し機嫌がいいし、居酒屋では坂田の間抜け顔を見て久々に笑ったし、隣にはその坂田がいる。鼾は余計だが、不思議と安心感もある。これで悪夢はみないかもしれない。

ところが、起きた。そう、また悪夢をみた。
今の夢は、殺人鬼に追われる私を助けようとした坂田が大怪我を負ってしまい、担ぎ込まれた病院へお見舞いに行くと、他の女が坂田の看病をしてた夢、だった。
泣いたり叫んだり、焦ったり落ち込んだり、怒ったり謝ったり。実際に体を動かしたわけではないのに、気づけばここ最近の中で一番汗が酷い。

体を起こすと、ベッドの下では自分の腕を枕にしている坂田が、鼾を掻きながら、私が寝る前と変わらない幸せそうな顔で寝ている。
…折角坂田がいると思って安心してたのに。ズルい。何の夢みてんの。
安堵感と嫉妬で力任せに鼻をつまんでやりたくなり、顔と腕を近づけると、坂田が目を覚ました。私の気配に気付いたようで、まだまだ眠たそうな目とばっちり合う。


「寝ねーの?」
「いや、変な夢みちゃってさ…。でも、寝るよ、うん、寝る」
「………」
「…ちょ…何すん…えっ!?」
「寝るんだろ?」


よっこらせ、と色気の無いオヤジくさい掛け声と共に、私の布団に勝手に入り込んできただけでなく、私を自分の胸元へと抱きこんだ坂田。そのせいで、坂田の胸板が目の前どころか額にくっついている。
いやいやいやいや、何でよ。坂田、寝るんだよね。私だって寝たいんだけど。そもそも何で急にこんな事すんの。単なる女友達相手に何してんの。出てけ。早く私の布団から出てけ。一人で床に転がっててよ。
手を壁にして体と体の間に隙間を作ろうとしたものの、触ったら思ってた以上に厚い胸板と、見た目にも分かる筋肉質な腕が、易々と私の主張を突っぱねた。そして坂田は無言のまま私に自分の体重を乗せた。
これって………やっぱりそういう事?すんの?


「自分で部屋に連れ込んどいて今更だろ。それとも、何。おめーは誰でも部屋に引っ張り込んでるアバズレだったわけ」
「そんなつもりじゃなくてっ、坂田だったから入れたのにっ」
「あ、そう。だったら満更でもねえよな。だからそう喚くな。今すぐ天国に連れてってやるから。すぐにいい夢みせてやるから」


そう、私は坂田だから家に連れて来た。一緒にいて楽しいし、夢にまでみたんだから、嫌いな筈が無い。だからといってこうなりたかったわけではないが、他の女と一緒にいるところを見て心が痛んだし、その場面を思い出すだけで胸が痛い。
しかも、酒に弱くて、甘党でギャンブル好き、加えて、ろくに稼ぎのない、白髪天パ男のアルコール臭いキスに、腕の力が抜けていく。自然と瞼が降りる。はっきり「止めて」とも言えない。
これってもしや…いや、まさか…まさか私、坂田の事を好…えっ?

眠気と突然の出来事で混乱する私に対し、自分の舌を私の舌に絡めながら、私の服を脱がせにかかった坂田。少し汗臭くないか気がかりだったが、坂田が気にしたのは全く別の所だった。


「胸は思ってたより無ぇ…いででででっ。冗談だって、冗だ………」
「………何っ、急に黙って。まだ何か文句あんのっ?」
「いや。痛ぇ…て事は、夢じゃねぇんだよな、これ」


いやいや。もうこれ以上ない悪夢だって。



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