並んでいる顔、飽きる事なく続けられる会話、並べられている料理の種類、色々な酒の味。全てが無難でつまらないパーティーで晋助が声をかけてきたのは、一昨年のバレンタイン。
一緒に飲んだ帰りに、オーディオ機器の配線をどうやって上手くまとめたらいいのか分からないと言って家に誘い、私から付き合ってくれと告白をしたのは、去年のバレンタイン。
晋助に付き合っている女がいなかった事と、元々趣味や気が合った事もあって、私達はその日のうちに結ばれた。


晋助と過ごしたこの一年は、平穏無事に過ごしたと言っていい。
勿論、喧嘩はあったが、互いの仕事が忙しいからといって文句を言うでも過分な干渉もなかった。休みの日はそれなりにデートを楽しみ、裸のまま一緒に夜を過ごし、相手の顔を見てまた眠りに就く、そんな当たり前の朝を何度も迎えた。
そしてそれが今は日常になった。

晋助と付き合って、変化もあった。食事の内容だ。
食べられれば何でもいいという私に、食事の楽しみを教えてくれたのは晋助で、リゾットやパスタ、酒の肴等、簡単なものならさっと作った。しかも、どれも味がいい。
晋助はほとんど食べずに酒を飲んでただけだったが、下らない会話をしながら私が食べるのを見てるだけで満足だったようだ。

晋助が何故そうしたのか。理由は分からない。
でも、腹に座っているものを引き摺り出されて困るのは、何も晋助だけではない。何だってそうだが、無闇やたらと聞くような事は互いにしなかった。
そう、そんな真似をしなかったからこそ、私達はやってこれた。幸せだった。


そんな日々を重ねて、今日で一年を迎えた。
今日は普段の日とは違い、特別な一日。普段は仕事が忙しく、家を空けがちな晋助も、早めに帰ってくるらしい。
そこで、仕事を終えた夕方、一人で買い物へ行き、家に戻って普段は滅多に作らない食事を作った。グラタンにトマト味のスープ、少しいびつな形のオムレツ、モッツアレラチーズとトマトのサラダ。材料を混ぜ合わせて焼いただけの、ガトーショコラ。
全て作るまで、時間にして一時間半。晋助の前ではずっと料理下手を装ってきたからか、自分としては随分と時間がかかった方だ。
しかも指には怪我一つない。納得がいかず、切り傷を加え、適当な場所に絆創膏を貼り付ける。

私には、こうまでしなければならない理由があった。
例えば、料理が出来なかったり、また例えば、方向音痴だったり、機械の扱いに弱かったり。男という生き物は欠点のある女に弱い。
そこで私は晋助の懐に入る為、そうした欠点を装った。出会ってから今日まで、そうした女に徹した。
全ては晋助を殺す為。私の仕事を全うする為。
だから警戒心を抱かれないよう指だって切る。食べるかどうか分からない甘いガトーショコラだって作る。恋人同士の幕切れを綺麗に演出する為に、わざわざ材料を買い、使う分の材料を一つ一つ計り、オーブンの熱に気を使ってまで。
同業者である晋助を相手にするというのは、そういう事だ。


その晋助は、聞いてた時間よりも早めに帰ってきた。
ここ最近、二人とも仕事が忙しかった為、ゆっくりと家で食事をするのは久方ぶりになる。味は、まあまあ頑張った方だと思って貰えるような出来だった。晋助の顔を見ても、悪くはなさそうだ。
そして、後はケーキを残すだけとなった段階で、晋助の真正面に座る私は、彼に拳銃を向けた。仕事があまりに忙しかったのか、疲れた表情を浮かべない彼には驚いた様子もない。
バレンタインに自分から告白して、バレンタインに銃の引き金を引いて全てを終わらせる。少し抜けた女のフリをして、易々と命をかっさらう。なんとも自分勝手で私らしいやり方だ。
銃芯から晋助の頭まで、五十センチ足らず。この距離で外す事はまずない。それは私が一番よく分かっている。


「痛くないようにしてあげるから。逃げないでよ」
「それで撃てんのか」
「身を持って知ればいい」
「慣れねぇ事はするもんじゃねぇよ」


私の顔から傷が付いた私の指に視線を移して笑うと、晋助は自分から銃口に顔を近づけた。
この指の怪我はわざと作られたものだとバレたのか。それとも殺し慣れてないと思われたか。いずれにしろ、どうだっていい。余裕で殺せる。
引き金に指をかけた。銃口の前にわざわざ眉間を当てた晋助と目が合う。それでも動じないこの男が憎たらしい。
さっさと引き金を引かない私も私だ。一瞬で全てが終わるのに。幕引きを伸ばしても何かが変わるわけではないのに。
すると、晋助が口元で笑った後、立ち上がった。向けられているものが何かなんて気にしない、というより、私が撃たないとふんだらしい。
それは私に対する侮辱と捉えるべきか。私への信頼と捉えるべきか。
考える代わりに、晋助の頭のど真ん中に定めていた狙いを少しずらして、引き金を引いた。傷を付けた指に衝撃が走る。


「どこ行くの」
「これじゃあ食い足りねぇもんでな、デザートの前に、お前が隠してあるとっておきのもんを食いに行く」
「一人で…?」
「安心しろ。今日が終わる前には戻ってくる」


どこに行くのかは聞かなかった。でもどこに行こうとしているのか分かる。晋助が行こうとしているのは、私の雇い主だ。
そして私はそれを知りつつ晋助に向けていた銃口を下ろした。プロとしては失格としか言いようがない。それに言われて大人しく待てるような女ではない。つまり、私は女としても失格だ。
でも、そんな私を晋助は受け入れた。
馬鹿な男だ。自分を殺そうとする女に本気になるなんて。
でも、そんな晋助だからこそ、私も愛した。


「待って」
「………」
「バレンタインだからって美味しいものを独り占めにしていいと思ってんの?」


銃を腰に収めた私を見た晋助は、低い声で笑った。


今日が終わる頃に口にするのは、わざわざ作ったガトーショコラなどではなく、自分達が殺した人間に囲まれながらする、血生臭い味のキスだろう。
でも、甘ったるいケーキより、何かが欠けている私達には、そちらの方がお似合いだ。




ブラッディー・バレンタイン

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