うちの部署には変な人が多い。
年がら年中甘いものばかり食べて、お給料が出ると直ぐに使ってしまう白髪天パ頭の坂田に、いつも仏頂面で態度も口もでかい高杉、もじゃもじゃ頭で女好き、乗り物にめっぽう弱い坂本。
不思議な事に、三人とも仕事はそつなくこなすし、根は優しい人間だというのは私も認めるところではあるが、いつも自分中心に物事を考え、好き勝手に動く為、こいつらと外回りをすると疲れる。物凄く、疲れる。他の部署の女性社員からは同じ部署にいるというだけで羨ましがられるが、知らぬが仏とは正にこの事だ、やきもきした気持ちで丸々一日フォローに回る私の身にもなって欲しい。

しかし、この三人の変わり者とは別のベクトルを持ち合わせているのが桂という男だった。
外見は至ってまともだし、常識人ではあるが、融通が利かず、人一倍正義感が強い。そのせいか説教癖があり、周りからは「堅物くそ真面目」と言われている。本人も自認してる程だ。その反面、妄想が激しく、一旦思考がずれると会話が成り立たなくなったりする。一緒に外を回ると蕎麦しか食べないので、それも嫌だと言えば嫌だ。
それから、今は短くなってる髪の毛だが、数週間前に高杉と喧嘩をする前までは腰ほどの長さがあり、忘年会で女装した時に私を含めたその場のほとんどの女子社員よりずっと綺麗だったのも、受け入れ難かった。何だか微妙な気持ちになった。

そんな桂と私はよく似てると言われる。
同年代の女性社員とは違ってちゃらついた雰囲気は無く、仕事は手を抜かずに真面目に取り組むし、残業も進んでする。それに周りの面倒もよく見るからだそうだが、冗談じゃない、桂と一緒にしないで欲しい。私は桂以上に融通が利く筈だし、会社から給料を貰ってる以上、仕事に手を抜かないのも当然のことだと思うのだが。
でも高杉は私がそう反論すると、いつも鼻で笑う。就業時間を過ぎ、残業に入る前に休憩をとる周囲とは対照的に、手を休めずに仕事を進める私の隣にやって来て、そらみろ、と言わんばかりの目を寄越してきた。


「何もそんなに真面目にやる事ぁねぇと思うがな」
「…仕事してるだけなのに、何でそういう事言うの?」
「こんな事も笑って受け流せねえのは、そうだからだろ」
「あのね…」
「高杉、いい加減にしないか。邪魔になってるだろ」


私達の会話に割って入って来たのは、斜め前の席にいる桂だった。そんな桂も休憩をとらないまま、ずっとパソコンに向かっている。


「…そうだな。悪かったな、邪魔して」
「い、いいよ、別に。邪魔じゃないから。ここにいたいならいれば?」
「そうか。ならそうさせてもらう」


私が仕事をしてるのは見ての通りだし、桂に注意をされたしで、普通なら空気を読んで騒がしい輪の中へ戻りそうなものだが、高杉はそう言って動かず、目に底意地の悪さを滲ませた。
私がそう言ったのは桂とは違うと思われたいが為の建前だと気付いてるからだ。高杉自身、私の邪魔をしてるという自覚もあるんだろう。
何て面倒臭い男だ。本当邪魔。でもいいんだ、多分、これで。私は桂と違って融通が利くから。どうせ数分喋るだけだろうし。
そこで少しの間、隣にいる高杉と話をしたが、仕事に身が入らないし、会話も空回り。気持ちに折り合いをつけるだけで精一杯になってしまった。



六月二十五日。自分の仕事は何とか就業時間内に終わらせたが、桂の机には未処理のままの書類が綺麗に積み上げられていた。それは明日の昼に提出しなければならない物だが、桂はサボってやらなかったわけではない、そこまで手が回らなかったのだ。それは桂の席に近い私が保証する。
どうせ誰がやってもいい書類だ、皆で手分けしてやれば一時間程で終わるだろう。そう思って有志を募ろうとしたところ、高杉から飲みに行こうと誘われた。坂田や坂本、他の皆も行くのだと言う。
行きたいのは山々だが、明日だって忙しいのに、書類をこのままにしてはおけない。断ろうとした矢先、桂の机の上にある書類を目敏く見付けた高杉は、私を誘った事を馬鹿馬鹿しく思ったのか、片方の口の端だけ上げて笑った。


「書類なら明日の朝一に皆でやりゃいいだろ。ま、残業する気なら、無理に誘わねぇが」
「いいよ。行く」


挑発ともとれる高杉の言葉を受けて、思わず「行く」と言ってしまったが、どこからか直ぐに気持ち悪さが込み上げてきた。何が気持ち悪いって、仕事を残したまま飲みに行く事と、高杉に対してまた子供のように反応してしまった事だ。これじゃ自分でも堅物くそ真面目だと思ってる事になってしまう。
言ってすぐさま後悔したが、お酒を飲んでしまえば多分そんな事はどうでもよくなる。久しぶりだし楽しく飲もう。そう気持ちを切り替えると、高杉は桂にも声をかけた。


「ヅラ、てめぇはどうする」
「…いや、お前たちだけで先に行ってろ。これくらいなら直ぐに片付くだろうから、終われば俺も合流する」


結局、桂一人だけが残る事になり、私を含めた何人かで居酒屋へ行ったものの、書類の事が気になって、あまりお酒が進まない。坂田がべろんべろんに酔っぱらって、高杉と口喧嘩を始めても、どうでもよかった。坂本がトイレに行ったきり帰ってこなくても、放っておいた。

そんなわけで、結局、一時間程経ってから、適当な理由を付けて社へ戻ったのだが、桂はまだいた。ただし書類はまだ半分程残ってるようなのに、スーツを着て、鞄を手にかけている。もう帰り支度を始めてたようだ。桂が仕事を片付けないまま帰るだなんて…珍しい。急な用事でも出来たんだろうか。
だとしたら、桂には申し訳ない事をした。どうせここに戻って来たんだったら、堅物くそ真面目だと言われようが、私が残ればよかった。


「帰るんでしょ?いいよ、後は私がやっとくから」
「…いや、コンビニへ行こうと思っただけだ」
「鞄持って?」
「ああ…、まあ」
「…これ、ほうじ茶とおにぎりだけど、良かったら」
「…すまない」


ここへ来る前にコンビニへ寄ってて良かった。コンビニの袋を渡して少しだけ罪悪感を解消すると、桂の携帯電話が鳴った。電話の相手は坂田のようで「そこへは行けなくなった」とこそこそ喋っている。私に遠慮しないで飲み会に行きたいなら行けばいいのに。
すると私の携帯電話にメールが届いた。相手は高杉からで『家までヅラに送ってもらえ』と一文だけ。…何だこれは。どうして私がここに来てると分かった。どうせまた私の事を、堅物くそ真面目、と酔った口調で馬鹿にしてるんだろう、そうに違いない。
想像しただけで恥ずかしさと腹立たしさが込み上げてきたが、書類を片付けてるうちに、気持ちが落ち着いていった。桂は一生懸命やってるし、静かだしで、ここへ来た目的である仕事が捗ってたからだ。一度に多くの事が出来ない私にしてみれば、桂と二人でいてもあまり気を遣わなくていいので、楽でもある。


「すまんな、戻って来てもらって」
「…じゃ、明日、お蕎麦以外のもので何か奢ってよ」
「え?」
「何。何か文句ある?」
「…いや、実は明日誕生日でな。いいのか?俺の誕生日に俺と過ごして貰っても」
「……いいよ、私の誕生日じゃないから別に。用事があるなら明日じゃなくてもいいし」
「いや、明日にしよう、明日がいい。お礼を先延ばしにするのは俺の性に合わないし、幸いな事に、明日は時間があってな」


言わなくてもいい事まで言ってしまうのは桂らしいと言えばらしい。急に落ち着きが無くなったのもデートだ何だと勝手に想像を膨らませてるからかもしれない。
でも勝手に思わせておく事にした。堅物くそ真面目な私にとっては、桂の想像を否定する事よりも、桂への誕生日プレゼントを何にするか考える為、目の前の仕事をさっさと終わらる事の方が大事だからだ。



彼女を見れば分かる事


titleは映画のタイトルから
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -