「…おい、俺はケリをつけろと言った筈だ。なのに何でまた俺の仕事増やしてんだよ。これで一体何度目だ。あ?テメーの仕事は俺の仕事を増やす事じゃねぇだろ」
「部下の不始末に責任をとるのが上の人間の仕事じゃないんですか。違うんですか」
「俺の首に見合った成果があれば幾らでも責任はとるがな、今回は違うだろ。てめぇのケツくらいてめぇで拭け」


確かに、頭が痛くなるようなミスを犯したのは私だ。反省はしてるし、耳障りのいい言い訳はしない。申し訳ありませんでした。すいませんでした。もうしません。
でも大いにやれと発破を掛けときながら、ミスをした相手を責めるだけの土方さんは、それで自分が正しいと思ってんだろうか。私が書いた始末書に判を押して、関係各所に一緒に頭を下げてくれるくらいいいじゃないか。どうせ、趣味は仕事です、のワーカーホリックのくせに。
大体、土方さんがやり過ぎた場合は誰がフォローしてると思ってんの。下っ手くそな愛想ふりまいて、苦情を言いに来た相手に上手い事を言って帰してるのは誰か知ってるのか。私だよ、私。土方さんが使えない奴だと湿った視線を寄越してる、この私なんだけど。

でも土方さんは自分は正しいと思ってるようだし、自分にも周りにも厳しいし、部下の指摘を大人しく聞く人でもないので、土方さんの言われたとおり、自分で自分の尻拭いをする事にしたが、元々体調が良くなかった上に、書類を全部片付ける為に朝まで残業をしたので、酷く咳き込むようになった。お昼過ぎには熱まで出た。
そこで、ぐったりしてる私を見かねた周りの勧めもあり、有り余っている有給休暇を使って休みをとって、午後は大人しく家で寝る事にしたわけだが、必要な書類は全てあげたし、半分ムキになって土方さんの仕事を片付けもしたので、感謝されこそすれ、土方さんに文句を言われる筋合いはない。実際、土方さんも知っているのか、「自己管理が出来てねぇからだ」とまた呆れ気味に嫌味を言われはしたが、文句を言ってはこなかった。本当はそれでまたムカついたが、事実なので仕方が無い。やらなきゃいい事までやったんだし。

土方さん抜きの、お大事に〜、の声を背にしてタクシーで家に帰り、ご飯を食べずに市販の薬を飲んだ。体がダル過ぎてお風呂には入れない。部屋の掃除も洗濯物もどうでもいい。家の電話は留守電にし、携帯の電源も落として、倒れこむようにベッドに入った。
やる事は全てやった。あとはもうとことん寝てやる。


睡眠不足の上に疲れも相当溜まってたようで、トイレにも起きないまま眠っていると、玄関のチャイムが鳴った様な気がして、やっと起きた。しかもずっと鳴らされてたようだ。ピンポンピンポンピンポンピンポン、感覚がどんどん短くなっていく。
誰かと思ってインターフォンに出ると、相手は「土方だ」と言う。しかも相手は、見舞いに来た、と続けた。
…土方?
でも、土方という名の人間は、私の知る限りじゃ一人だけだ。ただ私が知っている土方という人物は、お大事にの声をかけたりしなければ、風邪を引いただけの人間の家に押し掛けてまで見舞うような優しさはない。
とはいえ、尊大で、かなり不機嫌そうな声は、明らかに聞き覚えがある。私の知っている、あの土方さんで、間違いないだろう。
私としては、お風呂に入ってないし、寝起きで凄い顔なので、あまり会いたくはないが、ここまで来てもらっておいて追い返すのも気が引ける。
玄関の覗き窓を覗いて土方さんだと確認してからドアを開けると、私の顔を見た土方さんは、あからさまに目を細めた。


「具合はどうだ」
「…何とか生きてます」
「のようだな。でも何も食ってねえだろ。上がらせて貰うぞ」


私の弱々しい声が聞こえないだけなのか、土方さんは制止の言葉を無視して、部屋へ勝手に上がってしまった。顔を洗っとけば良かった、こんな事なら部屋を少し片付けておくんだった、と後悔するももう遅い。唯一の救いは洗濯をしてなかった事だ。土方さんに下着を見られずに済んだんだから。
ただ、土方さんは部屋に居座る事はせず、持っていたスーパーの袋を持って直ぐに台所へ行き、後を追った私に寝てろと言った。台所を使うようだが、何をする気だろう。まさかとは思うが、おかゆでも作ってくれるんだろうか。…いや、まさか。
勝手に台所を使われるのも嫌なので見ているつもりだったが、ずっと立っていられるだけの体力はないし、この隙に部屋も少し片付けたかったので、土方さんを台所に残して自分は部屋へ戻り、なるべく音を立てずに掃除をしていると、台所からチンという音が聞こえてきた。どうやらレンジを使ったようである。
それから鍋を出してる様な音がして、しばらく経つと、土方さんがお茶漬けを持ってきた。ご飯を炊いてないのを見越したのか、レンジは真空パックのご飯を温める為に使ったようだ。鍋はお湯を沸かす為だったのか。
だが勿論、土方さんが私のお茶碗を持ってる姿なんて、初めて見る。想像した事もなかった。


「食え」
「…え?いいんですか?」
「誰の為に作ったと思ってんだよ」


土方さんがわざわざ作ってくれたそれの見た目はというと、はっきりいって、普通だ。普通のお茶漬けだ。ご飯にお茶漬けの元を入れただけに見える。でも、食べたら美味かった。今までに食べたどのお茶漬けよりも、美味しい。
私が食べている間、土方さんはベランダでずっと煙草を吸ってたが、食べ終わった頃になると、それを見計らったかのようにベランダから戻って来て、茶碗を片付けてもくれた。
有難い事だが、どういう風の吹き回しなんだろう。風邪を引いたのは私の責任だし、しなくてもいいこんな事までするなんて、世話好きにも程がある。
黙って茶碗を洗ってくれる土方さんの背中にそんな事を聞ける筈も無く、薬を飲んでお腹が一杯になると、耐え難い程の眠気が襲ってきた。土方さんは土方さんで、茶碗を洗い終わったようで、帰り支度を始めている。
そこで、玄関まで見送ろうとしたが、熱と薬と眠気で頭が上手く回らない。スーツ姿の土方さんが、寝てろ、と言うのも当たり前だ。
でもやはり、お大事に、という言葉は聞かなかった。


目が醒めると、真っ黒いものが目の前にあった。…何だこれは。
眠気がまだ少し居座っている頭を起こして、それが何か確認すると、土方さんの髪の毛だと分かった。しかも土方さんはスーツ姿のまま、突っ伏して寝ている。何してんの、この人。
私が寝付くまで側に居るつもりだったのに寝てしまった、という想像はつくし、よくある話だが、睡眠時間が少なくても平気そうな土方さんが寝てしまった事より、土方さんが寝ている私の側に来るという発想を抱いた事に驚いた。
だって私には「自己管理が出来てない」と言ったくせに、風邪を引いてる人間に自分から近づくなんて、どういうつもりなんだ。しかも、お風呂に入ってない女の顔を見るなんて、何て趣味だ。それに、ずっと見られる私の身にもなって欲しい。熱はもう下がってそうなのに、顔が熱くなってきたじゃないか。
顔がまた熱くなってきたし、土方さんに風邪をひかれても困るので、布団から毛布を引っ張り出して、まだ眠っている土方さんの背中へそっと掛けた。全く、世話が焼ける。

時計を見ると、まだ五時過ぎだった。そこで、冷蔵庫に残っていた卵で目玉焼きを作って、奇跡的に入っていたハムを炒めて、買って来てくれてたらしいコンビニのサラダとヨーグルトを、そのまま器によそった。残ってる真空パックのご飯をレンジで温めて、それで何個かおにぎりを作って、コーヒーメーカーのセットも忘れない。
全て土方さんに食べてもらう為に作ったのだが、和食と洋食が混じる妙な朝食が出来上がってしまった。それも仕方が無い。冷蔵庫にはロクな物が入っていないので、申し訳ない事に、今はこんな物しか作れない。
病み上がりだからこれだけ作れればいいのかもしれないが、何となく申し開けない気持ちのまま、全てテーブルの上に置き、土方さん宛てにメモを残した。

「大したものではありませんが、良かったら食べてて下さい」

のんびりシャワーを浴びてから部屋へ戻ると、ベッドの側にも、テーブルの側にも、土方さんはいなかった。テーブルの上を見ると、お皿によそった物は全てそのまま残っていたが、コーヒーを飲んだ形跡があり、おにぎりも二個無い。
そして残してあったメモには、土方さんの字でこう書き加えられてあった。

「もう元気なら、さっさと出社しろ」

…なんて可愛げのないメモだ。怒られてるのか私は。でも確かに元気だ。今日はもう出社するつもりでいる。
本当は、仕事はきついし、休みはあまりとれないし、どうせ土方さんによく怒られるしで、出来る事なら今日も休みたいところだ。が、風邪はもう治ったようだし、土方さんのフォローをするのも、土方さんの仕事も増やすのも、私の仕事であれば、こんな面倒臭くて面白い仕事はそう滅多にないし、誰かに私の仕事を奪われても困る。
…と、ここまで考えて気がついた。
なんだ、私もワーカーホリックか。それもかなり重度の。



よろしく、愛しの君

title:揺らぎ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -