土方の野郎が怪我を負って入院した。入院期間は約二週間、全治には一ヶ月程かかるらしい。
そのまま死ねばよかったのに、下手に生き残った結果がこれだ。侍は侍らしく、怪我をした時点で、潔く腹を掻っ捌けばよかったもんを。もしくは、入院ついでに頭ん中と狂った味覚を治して貰ってくりゃいいのに。
それが無理なら、病院の方で、怪我とあの野郎自身の存在もまっさらにしてもらえねぇもんか。もしくは、俺が土方を殺して病院のベッドを重症患者に開け渡してやるんで、死亡診断書を作ってくれねぇかな。神様お願い。

そこで、土方の野郎を効率良く抹殺する計画を立てる為、見舞いという名目で、土方の顔色を探りに行く事にしたのだが、二度目の偵察に行った時に、ある女と知り合った。その時の女の印象はというと、「色々と痛々しい女」。そう、女の第一印象はというと、ぶっちゃけ、あまりいいものではなかった。
というのも、女は入院患者でありながら煙草を吸ってた上、土方とも喋ってたんだから、それだけでも相当の変わり者だってのに、喫煙してたのを看護婦に知られて、挙句怒鳴られても、反省どころか、へらへら笑って済まそうとしてたからだ。
病気で自暴自棄になって無茶をする奴がいるのを知ってはいるが、それにしたって命も時間も無駄にし過ぎだろ。これで女にいい印象を持てと言う方が難しい。

それからは、土方の野郎と、その女が喋ってるのを見かけるようになり、三人でも喋るようになった。
人見知りを全くしない女は、俺と同じで駄菓子が好きらしく、人工甘味料や着色料、保存料がたっぷり入ってあるその菓子類を、病院の売店では売っていないからという理由で外のコンビニにまで買いに行き、よく食っていた。俺はたまにその恩恵に預かってたので、それを止めるよう言った事はなかったが、頭ん中に花でも咲いてんのか、看護婦にいくら怒られても止めようとしない。
ただ、女は咳をよくした。し出すと、中々止まらなかった。女の話によると、病気は移る類のものではないが、遠く離れた田舎の病院から移ってこなければならない程度の重いものなんだそうだ。そりゃ看護婦も怒る筈だ。わざわざ田舎から出てきてるくせに、治療に専念する気が見られねぇんじゃ。

ある日。面会時間ぎりぎりに病院へ行った、その帰り。外に出ると、女がいた。
その女の左手には、コンビニの袋がぶら下がっている。また煙草と駄菓子を買いに行ってた様で、右手の指先には火の付いた煙草が挟んでもあった。また吸ってたのかよ、ニコチン中毒。
女は俺と目が合うなりへらっと笑い、まだ半分程残っている煙草を携帯灰皿で揉み消した。


「私さ、もうすぐここからいなくなるんだって」
「紛らわしい言い方すんじゃねーや。地元の病院に移るんだろ」
「…何だ、知ってたのか。つまんないな」


女はがっかりした声で手元のコンビニの袋からチューペットを取り出して、一本を俺に投げて寄越し、一本を口に咥えると、慣れた手つきでチューペットをぐるぐると回した。俺もそうだが、女は手元に鋏がない時にいつもこうして開けて飲む。ガキみたいな飲み方だが、これが一番無難な開け方だし、実際、女が咥えたチューペットは、既に形を変えている。
だが、夜なのに薄着でクソ寒いだろうに、わざわざここで飲む女の気持ちが知れない。いや、美味ぇけど。


「婦長があんたの事を探してたついでに聞いたもんでね。良かったじゃねぇか、田舎の病院に戻れんなら」
「嫌じゃないけどさ、向こうに戻ったら、もう土方君にも沖田君にも会えなくなるから、寂しいなーって。死んだら好きな時に会えるんだろうけどねー」
「………」


だったらメールでも電話でもしてくりゃいいじゃねえかとは思ったが、珍しく真面目な顔をした女に、思ってる事の一つも言えなかった。
一日を生き抜く事が当たり前ではなかった女にとって、俺らと過ごす一日一日に付加価値を付けたんだとしたら、俺の言葉はそれを責める事になりかねない。言葉に出すくらいなら、最初から俺らが仲良くなる必要はなかった筈だ。俺らが過ごした時間に意味などあってはならなかった筈だ。
黙った俺に対し、女はチューペットを吸ってから、苦笑いを浮かべた。


「元気になったら会いに来てやるから、それまでは死ぬなよ」
「偉そうな事言ってねぇで、さっさと戻った方がいいですぜ。死にてぇなら俺が今ここで介錯してやりますがね」
「あー、はいはい、戻りますよ、戻ればいいんでしょっ」


駄菓子を食ってた女は、俺の冗談に、余裕の笑顔でそう応じた。俺はそれを見て安心した。煙草吸って駄菓子食って、誰よりも笑ってるようじゃ、この女はまだ死なない。田舎の両親はさぞや喜ぶだろう。
俺だって、せいせいすらぁ。どうせ俺は女を黙って見送る事しか出来ないし、女がぽっといなくなったところで困る事は無い。また女のいない生活に戻るだけだ。

女がいなくなると、辺りが急に静かになり、まだ冷たい風が急にしゃしゃり出てきて、俺と女の間を縫うように吹いてった。…寒い。クソ寒い。空になったチューペットを膨らませたり、へこませたりしても、暖かくなるわけじゃないし、面白くも何ともない。
…ちくしょう。あの女、嘘つきやがったな。何が移らねぇ病気だ。胸が痛てぇじゃねえか。
どうやら、介錯が必要なのは、俺の方らしい。



花と骸

title:花畑心中
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