攘夷浪士達を見張る為に、奴らが出入りする旅籠へ住み込みで働く様になってから、もう二ヶ月が経った。浪士の人数は全部でどれくらいいて、誰がどこへ住んでいて、普段は何をしているのか、浪士達の支持者は誰か、といった情報を得る為に、寝る間を惜しんでまで働いたが、それでもこれだけの日数がかかってしまった。
しかも、その間に、目の下のクマが濃くなった。肌の調子が悪くなった。終いには、二の腕が益々逞しくなった。仕事の手際も良くなったし、常連客にも顔を覚えらえた。今じゃ立派な旅籠の従業員である。
でも、そんな生活ももうすぐ終わる。浪士達を我々真選組が検挙するからだ。


そして、検挙当日の三月十四日の朝。旅籠から休みを貰っていたので、何時もより二時間程寝坊は出来たものの、あまり良い目覚めとは言えなかった。のこのこやって来た浪士達の首領を明け方まで見張っていたので、ろくに眠れなかったからだ。
買い物に行くふりをして旅籠から出て、浪士達が普段出入りする裏の出入り口を望遠鏡で監視している間に、コンビニで買い込んだカフェオレを飲んではいたが、道路や旅籠の様子に変わりはないしで、何もすっきりしない欠伸ばかりが続く。
ここまできたんだ。今日で全てが報われればいいけど。


何かに体を揺すられて、思わず体を跳ねらせてしまった。やばい。しまった。意識が飛んでた。完全に寝てたようだ。
眠気がまだ居座る頭を必死に稼働させて言い訳を考えたが、アンパンの餡子の粒を口の周りに付けたまま、顔を真っ赤にさせて驚いている山崎さんに、何と言っていいのやら。ごめんなさい、上手い言葉が何も思いつきません。
良く見れば、周りも赤い。既に夕方のようだ。腕にはめている時計を見ると、真選組との待ち合わせ時刻になりつつある。


「先輩の俺を差し置いてこの時間まで眠るなんて、大層な御身分だね。俺なんて毎日ろくに眠れないまま、アンパン生活三週間目を迎えようとしてんのにさ」

「…すいません」


私以上に目が荒んでいる山崎さんの為にも、今日は早く終わらせよう。
決意を新たに立ち上がって床を見ると、煙草の吸い殻が三つ程あった。しかも、体が跳ねあがった時にずり落ちたようで、今の今まで気付かなかったが、私の体には煙草臭い隊服がかけられていたようである。私がぐっすり眠ってしまっていたのは、これが原因だったか。山崎さんは、何かの用があってここへやってきた土方さんから、起こすな、と言付かっていたんだろう。二人とも、余計な気は遣わなくていいのに。
山崎さんには今度何かを奢ることを約束して、真っ暗になりかけている集合場所へ向かうと、特に暖かいわけでもないのに、そこで待っていた隊士達の中で隊服を着ていなかったのは、土方さんだけだった。やはり、私にかけられていた隊服は、土方さんのものだったらしい。
土方さんに煙草臭い隊服を返して、お礼を言うと、やっと来たか、と煙草を咥えて隊服を更に煙草臭くさせながら、少し強めの語気で言われたが、怒られる気配はない。それどころか、千円札を渡された。


「何ですか、これ」

「眠気覚ましに煙草、それと、残った金でお前の好きなもん買って来い」


土方さんがこんな事を言うなんて珍しい。沖田さんが「じゃあ、俺、みたらし団子」としれっとした顔で催促してきたのもおかしいけど。
言われた私は、内心じゃ首を傾げつつ、近くのコンビニで煙草を買って帰った。でも、土方さんの言葉に甘えて自分の物を買わなかったし、沖田さんの為に団子を買いもしなかった。土方さんは私が他に何も買って来ていない事に驚いていたようだったし、沖田さんはというと、いたく不満げだけど、おかしいでしょって。
あ、土方さん、まさか。


「さっきから何なんですか。ホワイトデーだからって気を使わなくてもいいですよ、気持ち悪い」

「…んなわけねぇだろ。それに何だ、人の折角の好意を気持ち悪いとは言ってくれるじゃねえか。突入前に先ずはてめぇから叩っ斬るぞ」

「土方さーん、俺なんて、コイツの為に、それなりのもんを用意してますぜ。プレゼントってもんは相手が喜びそうなもんを考えて選ぶべきだと思うんで」

「どうせ犬の首輪かなんかだろ」

「あっ、何でバラすんですかぃ」


二週間前に屯所へ行った時に、隊の皆へ数日遅れのバレンタインチョコをあげた。とはいっても、クッキーやトリュフを作れるという気の利いた能力はない上に、隊士は全部で百人以上いるので、隊の皆へは市販の細々としたチョコを用意し、それを食堂にどーんと置いておいただけだけど。
その時に土方さんへはマヨネーズをプレゼントしたのだが、貰えた数少ないチョコに私がプレゼントしたマヨネーズをぶっかけながら、貰った数が少なかった理由について話した。それは、貰えなかったんじゃない、貰わなかったんだ、見ず知らずの他人から貰うチョコに薬でも盛られてたらどうすんだ、というもっともらしいものだった。確かに、チョコを貰えなかったんじゃなくて、貰う相手を選んでいただけかもしれない。チョコはほとんど貰わなかったらしい沖田さんは、屯所で丸々一日サボってやした、と誰にも会わなかったせいにしてたが、サボり癖のある沖田さんの事だから、考えられなくもない。
でも、過少評価をされている他の隊士と違って、この人達はこんなだからモテないんだと思う。仕事を頑張ってはいるけど、人間として何かが破たんしてる。だから義理チョコをくれるような女友達もいないんだって。
馬鹿な事を話していると、周囲が慌ただしくなった。どうやら動きがあったようだ。
大好きなキャバ嬢に会いに行きたいが為に人一倍気合いの入っている近藤さんの背中に皆が続く。勿論、私や土方さん、沖田さんも例外ではない。
そこで、歩きながらではあるが、土方さんと沖田さんに目を配った。


「あのー、物はいらないんで、一つお願いしていいですか?」

「何だ、今更。言ってみろ」

「じゃあ、あの、皆必ず生きて帰って下さい」

「…何でい、そりゃ。んなもん、当たり前だろ」

「そうなんですけど、隊の皆からまだホワイトデーのお返しを貰ってないんで、困るんですよね、せびる相手がいなくなると」

「…おい、総悟。これだけ面の皮が分厚い女だ。お前が用意した首輪じゃ、多分収まらねぇぞ」

「そうかもしれやせんね。じゃあ、生きて帰って、猛獣用のを探さねぇと」


沖田さん、猛獣用の首輪はまずは近藤さんに必要だと思うよ。しかも、近藤さんに追いまわされているキャバ嬢を守る為に、じゃなくて、近藤さんがキャバ嬢にボコボコにされない為に、一刻も早く。だから死なないで下さいよ、本当。そんな沖田さんを止められるのは土方さんだけですから、土方さんも死なないで下さいよ、マジで。山崎さんは地味だから浪士達に認識されないだろ、多分。
従業員用の扉の前に進み出ると、流石に緊張を覚えた。これが開けば、真選組の大仕事が始まる。皆を死地に送り出すのは心苦しい気もするけれど、皆が生きて帰って来られるように準備を進めてきたし、これが私の仕事だ。
さて、それじゃあ開けるとするか。屯所に着いたら、さっさと布団に潜り込んで、誰にも気を使わずに良い夢をみられる筈だから。



地獄一丁目よりを込めて


さ、遠慮なく受け取るがいい

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