「おでんと鍋、どっちにしよっかな」
「どっちだっていいだろ、んなもん。…んじゃ面倒くせぇから鍋にすれば」
「じゃあ、豆乳とって」
「…取って下さい、だろーが」


言っておくが、これは、夕飯を一緒に買いに来た、彼氏との幸せな日常会話ではない。可愛げがない上に、口の悪い、ただの知り合いとの、何でもない会話だ。
出会ったのだって、仕事終わりに立ち寄った夕方のスーパーで、またお金がないのか、掌の中の小銭とファミリーサイズのお菓子の袋とを見比べている坂田と居合わせてしまったからであって、別に待ち合わせてたわけはない。
こうなったいきさつだって、私の買い物に付き合うと言ってくれたからだが、それだって「この菓子が食いたい。いや、別に、カゴ持ってやるかわりに奢ってくれってわけじゃねぇんだけど」という下心が丸出しだったし。本人は家には金があると言ったけど、どうだかな。口から生まれたような万年金欠男のいう事だ、かなり嘘臭い。

とにかく、二人でだらだら話しながら、鱈と白菜、安いので適当に選んだきのこ類、サラダ用にブロッコリーとレタス、その他にも色々と買って、坂田とレジへ並んだ。
夕方なので、どのレジにも長い列が出来ていて、私達の前にも既に四人程並んで待っている。そこで待ち時間を潰す為に、買い忘れた物はないか、坂田が持ってくれているカゴの中を覗くと、入れた覚えのないイチゴ牛乳とプリンが、何故か控えめに紛れ込んでいた。
これも坂田、あんたか。どうせお会計の時にバレるのに。それなのに坂田は言い逃れが出来ると思っているのか、素知らぬ顔で遠くを見、私と目を合わそうとしない。仕方ない、その馬鹿ヅラに免じて、今日は見逃してやるか。
私がお会計をしてる間に坂田はカゴの中の物を袋に入れておいてくれてて、お会計が終わった私はカゴの中に残っていた坂田のお菓子と飲み物を別の袋に入れて、並んでスーパーを出た。



すると外では雪が降り始めていた。どうりで。日中はずっと曇ってたし、風だって冷たい。
坂田を見ると、手袋をしてない手で重いスーパーの袋をしっかり持ってくれている。坂田だって寒い筈なのに、な。しかも私の家まで持って行くと言い出し、悪いからと断っても、さっさと行くぞと一人で歩き出してしまった。
私が坂田のお菓子入りの袋を持ってるので、担保に取られた、とでも思ったんだろうか。ばっかじゃないの、全部持ってもらって申し訳ないから持ってるんだっての。
て、事は何?もしかしたら今日はこれで夕飯を済まそうとしてるとか?いい年した大人の男だけど、坂田だとそれも有り得る。


「坂田ん家って今日の夕飯何にすんの?」
「まだ決めてねぇよ。金だって持ってきてねぇもん」
「ご飯作ってくれる人もいないの?」
「…そんな奴いねぇよ」


好きな奴ならいる、と坂田が酔った拍子に漏らした事がある。街で女の子と歩いてるのを何回か見た事はあるけど、誰とも付き合ってないんだろうか。
坂田にその事を聞くと、全員単なる知り合いだ、と即答されてしまった。


「そうなんだ。彼女じゃない子にご飯作ってって頼みにくいもんね。だったら好きな子と早く上手くやればいいのに」
「どうだかな。どうしようもねぇ馬鹿で、見栄っ張りで、天の邪鬼で、可愛くねぇ女だし」
「…どこが良いの、その子」
「俺だって知りてーよ」


投げやりに答えた坂田は、その子の事をあまり聞いて欲しくなさそうだったので、私も深く突っ込まずに、すぐに別の話題を振った。



スーパーを出てから、約十分後。そうこうしてるうちに、私の住んでるマンションへ着いた。
坂田と私は仕事で知り合ったのをきかっけに飲み友達になり、坂田の友人を含めて月に何度か飲んでいる。一度だけ、皆が私の家に来た事もあった。あの時は丁度私の彼氏もいて、汚い部屋で皆で朝まで飲んだくれたっけな。
だからエレベーターから部屋へ入るまでスムーズに歩く事が出来、玄関先でやっと袋の交換を果たす事が出来た。
あ、重い。ビニールが指にぎっちり食い込む。こんな物を持っててくれたのか、坂田は。
ありがとう、と言うつもりで坂田を見ると、わざとらしく疲れた素振りを見せていた坂田が、急に黙った。喉まで出かかった言葉を無理矢理飲みこんだような顔までしてる。そして私の視線に気づいたのか、怪訝そうに眉を潜めた。


「…何だよ」
「いや、面白い顔してるなと思って」
「…面倒くせぇ女だな。じゃあな、アバズレ」


荷物を玄関まで運んでくれたお礼を坂田に言って、さっさとドアを閉めた。
普通なら、上がってお茶でも、と誘うべきなんだろう。むしろ誘いたかったくらいだ。
でも出来なかった。理由は二つある。
一つは、坂田のアバズレ発言にムカついたのと、もう一つは、坂田を部屋に入れたくなかったからだ。汚い、洗濯物があるから、そんな理由ではなく、物が随分と減ったこの部屋を見られたら、一緒に住んでた彼氏が出て行ったとバレてしまう。それが怖い。

その彼とは、別れる前までの数週間、まともに話さなくなってたので、別れる覚悟は出来てたし、向こうから切り出されなくても私から切り出すつもりだった。
だから、ご飯を作る時に一人分の分量で作るのが難しくなったくらいで、生活に大した変化はない。
でもそれを坂田に知られたくない。慰められたくないし、馬鹿にもされたくもない。余計な気を使われたくないし、彼氏がいるというのを盾に取り、私の事を一応は「女」だと思わせておきたい。
ようするに、私はどうしても坂田に見栄を張ってしまうのだ。格好つけたいばかりに、坂田の考えの裏をかこうとする。弱い部分を見せまいとする。
そのせいで、ばったり会ってしまった坂田を前に、まだ彼氏がいるかのように振る舞い、鍋にすると言った挙句、材料を二人分買って来てしまった。しかも、重い荷物を持ってもらった坂田を追い返した。本当馬鹿だよな、私。

追い打ちをかけるように、スーパーの袋の中からは鍋の材料が大量に出てきた。見栄を張った結果がこれだ。どうすんのこれ。
今から友達を呼ぶのも悪いし、一人で鍋も嫌いじゃない。けど、今は黙々と何かに励みたい。さっきの出来事から気を逸らしたい。
豆乳の使い道も考えて、散々考えた挙句、鍋を諦めてシチューにする事にした。じゃがいもと人参と玉ねぎのストックはあるし、買ってきた物を入れれば具沢山のシチューになる。シチューなら明日も食べられる、そうした利点もある。



三十分程経った頃。野菜と鱈の下ごしらえを終えて、カレー鍋を出していると、玄関のチャイムが鳴った。
開けると、そこには坂田がいた。さっきより少し鼻が赤い。しかも一回り大きいスーパーの袋を持っている。


「鍋にすんだろ?食ってってやるよ」
「いや、鍋じゃなくてシチューにしたんだけど」
「…シチューか。いいや、シチューでも」


頭の中の整理が追いつかずに玄関先で固まってしまった私。そんな私を無視して、ずかずかと勝手に部屋の中へ入ってしまった坂田。ハッとなって何が起きたのか気付いた時には遅かった。ヤバい、バレる。
慌てて坂田の背中を追いかけると、坂田は荷物が無くなった部屋を見ても特に何も言わない。どうやら彼氏が出てった事を見透かしてたようだ。それもそうか、前は玄関先に彼氏の靴が何足もあったのに、今は靴が私のしかないもんな。
わざわざお金を下ろしたのか、家に取りに行ったのかは知らないけど、坂田はスーパーの袋からお酒を取り出して、私に見せた。だから嫌だったんだよ、坂田に知られるの。坂田はそうして気を使うから。


「坂田って本当物好きだね」
「うるせーな、腹減ってんだよ。いいからさっさと作れ」


ホットカーペットの上でゴロゴロ寝転びながら、テレビを見て、勝手にお酒を飲み始めた坂田は、本当にお腹が減ってやって来ただけかもしれない。気を使ってくれた、と思ったのは、とんだ勘違いだっただろうか。
それでも私は坂田の為にシチューの具材を増やしてしまった。
私は二人分作るのには慣れてるし、お酒を買ったばかりにお金が無くなり、誰かにご飯を作ってもらう事もなく、坂田がそのまま餓死したら、私の寝覚めが悪いだろうから。



嘘つきの綺麗事

title;鳥籠の月
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