「あのさ、何でキスしたいって思うの?」


俺達の目の前で、お手製の弁当を披露してるのにもかかわらず、全く手を付けないどころか、心をどこかに置いて来たかのようにぼーっとしてので、彼女にどうしたのか聞いてみると、そんな答えが返ってきた。…ええと、今何て言った?聞き間違いじゃないよね?自分から聞いといて何だけど、一瞬耳を疑った。わざわざその言葉の意味を考えた。
大学の中でも一、二を争う可愛い容姿のこの彼女は、物凄くモテる。だから傍から見ると彼氏なんて途切れた事がなさそうだし、キスなんて何度もしてるように思うんだろうけど、極度の人見知りで、周囲が呆れる程鈍感で、びっくりする程馬鹿だと知ってる俺にとっては、思ってもみない質問だったからだ。
だから、彼女とテーブルを囲む俺と近藤さんに向けられる羨望の眼差しを意識して僅かな優越感に浸るより先に、その発言に呆気にとられたあまりに、口の中のあんパンを噛まずに飲みこむとこだった。…良かった、みっともないとこを見られずに済んで。
側にいた近藤さんは彼女の事が眼中にない上に、この人自身も極度の鈍感なので、どうしてそういう質問をする心情に至ったかについては考えていないらしい。むしろ、彼女の真剣な表情に応える為か、う〜んと唸りながら真面目な顔つきになった。


「そりゃあ〜、好きだからしたいと思うんじゃないか?」
「じゃさ、山崎君にしたいと思う?」
「いや、ザキの事は好きだが、そういう好きじゃなくってだな、恋心を抱く相手にって事だよ。だから俺がしたいと思うのは、お妙さんだけ」
「なら、どういうタイミングでしたいと思うの?」


…何だか質問がいやに具体的になってきたな。もしかしたらキスされるような事があったんだろうか。
彼女の交友範囲は物凄く狭いし、彼女自身が広げたがらないし、知ってる人間にそんな事をされそうになったからこそ戸惑ってんだろうけど、となると、相手は俺の知らない人間である筈が無い。沖田さん、土方さん、高杉、桂、長谷川さん、まさか、…銀八…とか?
様々な人間の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えてったけど、相手が誰か知りたいようで知りたくはない。何かあったのか聞きたいようで聞きたくはない。
焦りと、くじけそうになる気持ちがぐるぐる混ざって、地味な俺にもまだチャンスがあるかもしれないと期待してた気持ちが折れそうになる。それを必至で立て直そうとするからか、とうとう変な汗まで出てきた。
近藤さんはやっぱり何も考えてないようで、またまたう〜んと唸って、それらしく考え込んだ。ある意味、羨ましい。


「タイミングなんて関係無しに、好きな相手にはいつだってしたいもんだって。だから僕は何時だってキッスしたいです!勿論、お妙さん限定で!」
「…じゃあ逆の事を言うと、好きじゃない相手にはタイミングが合っても絶対にしないって事?」
「絶対にって事はないだろうが、興味の無いどうでもいい人間には普通しないだろ。顔を近づけるのだって嫌だし。なあ?ザキ」


何で俺に話を振るんだよ、この馬鹿ゴリラ!少しは空気読め!
いい人のフリをして話を聞いてしまった俺のバカさ加減を棚に上げて、したり顔のゴリラへ心の中で毒吐きつつ、俺は冷静に無表情を貫いた。


「…まあ、確かに近藤さんの言う通りかな。俺だって嫌な相手にそんな事して下手な勘違いされたくないもの」
「でもさ、罰ゲームでする人もいるし、相手が勘違いしてんのを笑う趣味の人だっているよね」
「罰ゲームでやらされたんなら事故みたいなもんだし、例えそういうのが趣味の人でもわざわざキスはしないって。状況によると思うけど、唇と唇を合わせるのって意外と勇気いるから」


どうでもいい相手との感情のこもって無いキスなんて事故みたいなものだし、嫌いな人間と唇を合わせるのだって普通ならしない。俺は古風な人間かもしれないけど、そう思う。
逆に、好きな女の子とはキスもそれ以上の事もしたいと思うけど、話をするだけでもドキドキする。顔を近づけるどころか、目と目を合わせるのだって恥ずかしい。現に今だって…。
するとゴリラと彼女の表情がおかしい。珍獣でも見るような目で俺を見、全身をガタガタとわななかせている。


「あれ?どうかした?」
「…いや、その…、ザキ、まさかお前…」
「え?山崎君てキスした事あるの?」
「…何。そんなに驚く事?」


超がつく程地味だけど、俺はこの二人と違って、極度の鈍感ではないし、それなりに異性と話せる、至ってまともな普通の男子だ。キスくらいしたことがある。でもそれは彼女と出会うずっと前の話だし、好きだという気持ちが半分と、興味も半分あってしたと言った方が正しい。
ま、実は幼稚園の時の話だけど。それでも勇気がいったもんだ。
近藤さんは俺の告白が余程ショックだったのか「誰と!?」と詰め寄ってきて、わんわん泣き始めた。もう一人のバカはというと、そんな近藤さんを慰めている。その光景は、さながら動物園のゴリラと飼育員のようだ。
そんな二人のせいで、周りからの視線が益々集まって来て、彼女と一緒の席にいる事で抱いていた優越感が段々と薄れていく。…何かもう痛い。この席から離れようかな。

でも、周りの視線に動じる様子の無い彼女のこの様子じゃ、キスをしたい感情についてまだよく分かっていなさそうで、少しだけ安心した。このままだと、誰かといい雰囲気になっても流される事はなさそうだし、相手の下心には気付きもしないだろう。
ただし、俺が彼女といい雰囲気になったり、今のままじゃ今までと同様に、彼女へ抱いている感情にも全く気付かれない恐れも考えられるわけであって、少しだけ、がっかりもした。
このままでいて欲しいような、いて欲しくないような。
どう見ても泣き喚くゴリラにしか見えない近藤さんを励ましているようで


「…え?ゴリラってキスする生き物なの?」


と言葉の暴力を振るって傷つけている真面目な表情の彼女には、そんな事、言えっこないけど。



だから、何だって言うんだ

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