このお話は朋河小夜さんが書かれたお話青い衝撃の続編を書かせて頂いた物になります。




「よお」


夜中に、何の連絡もなく、突然家へ押しかけたせいか、女は一瞬目を丸くしてから、少し慌てた素振りを見せ、俺を家の中へと招き入れた。
だが、化粧気のない素顔には、嫌悪の感情が一切滲んでいない。


「こちらに来るなんて、珍しいですね」

「来ちゃ悪いか」


窓を開けながら、いえ、とだけ返事をし、女はさっさと台所の方へと消えた。
どうせ酒の用意でもしに行ったのだろう。
いつもの事だ。


女が戻って来るまでの間、綺麗に整理整頓がされてある女の部屋を眺めた。
視線を引き留めておくような物がなければ、背けたくなるような埃もない。
相変わらず面白味のない部屋だ。

だが、そこかしこに残された安っぽい煙草の匂いは、久しぶりに会った女の近況を知るには、十分な手掛かりとなり得た。

成程。
あの男は今日も来ていたらしい。


しばらくすると、酒と肴を盆に乗せて現れた女は、無表情を保った俺に屈託のない笑顔を向けた。

女には悪いが、この笑顔を差し引いたとしても、女がしている事を忘れてやる気などない。


「どうだ、真選組の様子は」

「特に何も。何かあれば何時もの様に報せに行きますのに」


そう言った女は、酒を注ぎながら困った人だとばかりに苦笑いを浮かべたが、見慣れた愛想笑いに返す言葉はなかった。

確かにそうだ。
大なり、小なり、この女は鬼兵隊に有益な情報をもたらしていた。

それが今は、この女の全てが信用ならない。



この女を拾ったは、まだ数年前。

道端で倒れているぼろきれ同然のそいつの側を、死んでいるものだと思って通り過ぎようとしたところ、少し呻いた。
まだ息があったようだった。

辺り一帯で盗賊が出ると聞いていたが、盗賊に襲われたか、人攫いにあったのを逃げてきたか、そのどちらかだったのだろう。

一緒にいた鬼兵隊の連中は可哀想だと言って荷物と一緒に運び、手当てをし、綺麗にしてやると、数日後、女の顔は幾分マシになった。

それからまた数日後。

元気になったのを見計らい、何があったのか事情を聞くと、両親は自分を襲った奴らに殺された、のだと言う。
兄弟はいたようだが、生きているのかどうかさえ分からないと、その時に漏らした。


そこで、鬼兵隊の雑用係として働く事になった。
女もそれを断らなかった。

それどころか、女は働き始めてからというもの、買い物に行き、裁縫をし、洗濯を請け負い、来る日も来る日も、泣き言も言わずに黙々とそれらをこなした。

それに、ある程度の技量で花を生ければ、不味くはない程度に茶も点てる。

どこで習ったのか、礼儀作法も心得ていた。

驚いた事に、俺に合わせて三味線を弾き、俺の音で踊ってみせる事もあった。

地方に行くと、そこの土地にやけに詳しかったり、方言で土地の人間と喋っている場面を見かけたりもした。

反面、飯の食い方や笑い方はまだガキそのもので、よく泣き、怒り、時には驚かせたりして、周囲を何度もからかっていたものだ。


女は自分の過去を大して喋らなかったが、そうした振る舞いから、旅役者の一座にでもいたようだった。

皆は口々に聞き、問い質したが、本人が頷いた事はない。
だが否定した事もなかった。


そうした物怖じしない性格と愛想の良さから、鬼兵隊の連中にも可愛がられ、間者となるべく芸者として置屋へ送り込んだのだが、芸の確かさとそうした女であった為に、たちどころに人気の芸者となった。

今じゃどちらが本職か分からないくらいだが、それでも何かの情報が入れば、きっちりと俺の元へ報せに来ていたのだが。



女が此方の情報を真選組に流している。

昨日、ある筋からそう報告を受けた。

確かに、ここ最近は真選組の犬が周囲をうろうろと嗅ぎ回っている節がある。
先日も、隠れ家が急襲され、真選組の連中と派手な斬り合いを演じた。
一週間前も、ある幕閣の家に押し入ろうとした際に、真選組の連中が予め張っているのを知ったので、急遽取りやめたばかりだ。


間者が寝返るのは有り得ない話ではない。
だからその話を聞いても、特に驚きはしなかった。

でも俺が知る限りじゃ、この女は金にも地位にも興味がない。
暴力にひるむ様な繊細さはないし、何らかの弱味を握られているとも思えない。

そもそも、それで動く様な根性なら、芸者なんざやっていられる筈がない。


ただ、疑問は残る。

何故寝返ったのか。
何故鬼兵隊を裏切ったのか。
恩を仇で返す様な真似をしたのか。



俺はそれを確かめに来たのだが、人気の芸者だけあって、人を丸めこむ笑顔と話が上手い。
しかも、素知らぬ顔で、三味線を弾き始めた。

呆れた事に、まだ茶番を続ける気らしい。


「俺がここに来た事を知らせなくていいのか?」

「誰にです?」

「真選組の土方にだ。ここに呼ぶような仲らしいじゃねぇか」

「ええ、まあ。でも思っている以上に口が固くて。寝ても簡単に口を割る様な方じゃありませんから」

「だから代わりに此方の情報を流してるってのか」


鬼兵隊を裏切った人間の末路を散々見て来た女にとって、俺のこの言葉は、自害の命にも等しい筈だった。

だが、俺には嘘が通じない事を知っているからか、女は口元を歪めて、あっさりと認めた。


「…耳が早いですね。じゃあ私を殺しに来たんですね」

「ああ。だが今すぐにというわけじゃねぇ」

「私を裏切り者だと知ってて、放っておくんですか?一日もあれば逃げられますよ?」

「…不服か?」

「いえ。殺されても仕方がないと思ってましたから、覚悟ならとっくに出来てます。ただ、高杉さんらしくないと思って」


注がれた酒が猪口の中で青い色を帯びて泳いでいる。
飲めば、さぞや美味いだろうが、残念な事に、俺はこれを有難がって呑む程の物好きではない。

それどころか、何も知らない間抜けのままでいられたら、どんなに楽だったか。


「お前は結局、鬼兵隊の元へ戻ってくる。何故か分かるか?」

「いえ…分かりません」

「お前は自分をも平気で裏切る女だからだ」

「…そうでしょうか?」


意外に思ったというより、女は俺の言葉を拒絶するかのように、やんわりと否定した。

だが、目は笑っていない。
覚えがあるのだろう。


「だったら何故俺とは簡単に寝る。俺に惚れてるわけでもあるめぇよ」

「私だって人間ですよ、性欲ならあります。それに私が鬼兵隊につくとは限らないじゃないですか」

「そうか、だったら向こうにこう伝えろ。三日後に予定されている鬼兵隊の暗殺計画を仕入れた、と。どちらに殺されたいか、お前が決めたらいい」

「…優しいんですね、高杉さんは」


俺を見上げた女にこびり付いていたのは、笑顔と呼ぶにはあまりにも凶悪な顔つきだった。

三味線の音は、そこで止んだ。




どうしてこうなった。
何を間違えた。
俺達は、どこへ向かおうとしている。

女をこの手で抱きながら、今になって、それを探した。
今になって、答えを求めた。

だが、そもそも、女は過去に見切りをつけ、今とこれからを見てきた。
俺はというと、その未来をぶっ壊そうとしている。

そんな俺達は、元々、出会うべきではなかった。
だったら、互いが納得する様な答えなんざ、あるわけがない。


それでも女の体は正直に俺に応えた。

俺を求め、力強く俺にしがみつき、俺を離そうとしなかった。

体のどこにも男に付けられたような痣はなく、獣のような激しさはあったが、俺を触る指や唇は、変わらずに思いやりがあった。


これが芝居だろうが、素だろうが、どっちでも良い。

俺はただ過去を求めた。
それだけの事だ。




大きく開け放たれた窓の外を眺めると、外の闇は一段と濃さを増していた。
その中では不気味な静けさが蠢いている。

汗ばむ肌をその外気に晒していると、布団もろくに敷かれていない畳の上で、寝間着を乱れさせたまま、女は捉えどころのない笑顔で言った。


「高杉さんは、私を、手放せるんですか?」




私、知ってるんですよ。

高杉さんが迷ってるのを。

だから、私を殺すのなら、必ずあなたの手で殺して下さいね。



全く悪意が感じられない女の言葉に、俺は思わず目を細めた。

この期に及んで馬鹿な事を言う女だ。
この女が鬼兵隊に戻って来たところで、一度押された裏切り者の烙印は消えない。
鬼兵隊に戻ると言っても処分は避けられないと知っている女は、それでも俺が斬らないと思っていやがる。

根拠のない自信か。
この場を乗り切る為の虚勢か。
それとも、俺を惑わす為の芝居か。

簡単ではない女を相手にする場合、表情一つを決めるのも骨が折れる。
鼻だけで笑うと、女は満足そうに笑った。


丁度その時、どこかで鶏が鳴いた。

…もうすぐ夜明けか。






青い春






綺麗事で生きていける世界なんざ、ありはしない。

だから俺達の時計は狂い、微温湯はいつまでも温度を保ったまま。



title:海外ドラマCSIシリーズより
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