機動捜査隊、通称・機捜とは、警察本部の刑事部における内部組織の一つである。

平時は、覆面カーに乗り込み、担当している管内のパトロールを行って、不審者への声かけや治安維持に務めている。

事件が発生した際には、持ち前の機動力を生かして現場に急行し、聞き込みや現場の保全、遺留品の捜索等の初動捜査を行う。

つまり、最初に事件に関わるのが、私達機捜である。



三時を過ぎたところで連絡が入り、事件の報せを受けた。

時計を見ると、約束の時間まで、あと四時間。

簡単に捕まってくれる相手ではないだろう。だが、恐らく、時間には間に合う。


サイレンと赤色灯がたかれたパトカーの助手席に揺られながら、携帯をいじる事、数分。

現場に到着すると、そこには既に見知った車が停まっていた。それも数台。

しかも容疑者と思しき男達が、何人かの私服警官に既に取り押さえられている。

辺りを見渡すと、現場の保全も既に始まっていた。

ここまでくると、もう私達の出る幕はない。


全ての指揮を執っているのは、捜査一課の土方さんだった。

捜査一課の人間は、殺人や傷害の捜査に専従する身であり、今も何かの事件の捜査中である筈。なのに、何故土方さんがここに。

土方さんの側には愚弟である鉄之助もいて、何の意味があるのか、ちょこまかと動いていた。

…驚いた。まだ生きていたとは。


「ご苦労様です。早いですね」


私達の姿を確認すると、土方さんはぴくりと眉毛だけを動かした。

土方さんは普段から無愛想だし、彼が私の事を良く思っていないというのは、重々承知している。

にこやかに返事をされなかったからといって、今更、目くじらを立てる程の事ではない。


「…悪いな。偶々近くにいたもんだからよ」

「構いませんよ。担当している事件の犯人を未だに捕らえていない穴埋めをするには、人の領分を犯してまで成果を挙げなくてはならないのでしょう。捜査一課のエースと言われている以上、なりふり構っていられませんものね」

「………」

「あ、これでも同情してるんですよ。佐々木家の出来そこないを預かってもらっていなければ、あなたはもっと活躍出来てるでしょうから」

「…てめぇ」


自分の部下が馬鹿にされた悔しさなのか、土方さんは怒ったようだった。

でも私は何も間違った事を言っていない。

数ヶ月前に新宿署から捜査一課へと華々しく異動してきた土方さんは、異動当初、かなりの成果を上げていた。

だが、鉄之助が部下に付いてからは、あまり大きな成果を上げていない。

というのも、鉄之助がゴミだからだ。

誤認逮捕をしたり、簡単な使いが出来なかったり。聞けば、ロクな事をしていない。

しかも土方さんはその後始末に追われ、自らが謝罪に出向く事もあるという。

明らかに足を引っ張られているのだから、さっさと始末してしまえばいいものを。

育ちの悪い人間の考えている事は、良く分からない。


「用がねぇならさっさと帰ったらどうだ」

「そうさせてもらいます。今日は用事もありますし…。では、私達はこれで」




待ち合わせた時間は七時半だったが、約束した相手は時間ぴったりにやって来た。


「お呼び立てして申し訳ありません」

「いえ、仕事ですから」


数日後に行われる会議の打ち合わせと称して少し強引に誘ってみたのだが、電話じゃ相手は案外素直だった。

でも、ここは名の知れた料亭だし、運ばれてきた料理はどれに箸をつけたらいいのか分からない程美味しそうなものばかりだというのに、相手の女性はあまり料理に口を付けようとはしない。

かといって酒を飲んでいるわけでもなく、ずっとお茶だけを啜っている。

長居をする気が無いというのがこうも見え見えなのは、いかにも躾が行き届いていない。だが、逆に新鮮でもある。

さし障りのない会話が続いて数分後。そろそろ飽きたのか、相手の女性が少し口調を変えた。


「で、どういったご用ですか?まさか本当に打ち合わせで呼び出したんじゃないでしょ」

「…佐々木家のゴミを土方さんに預かってもらってるので、あなたにもご迷惑がかかっていやしないかと。今日は、そのお詫びに」


この女性と土方さんが付き合っている、という調べは既についている。

本人らは公表も否定もしていないが、周知の事実であるらしい。

目の前の女性は私が土方さんとの仲を知っている事に対して特に驚く様子もなく、ああ、と端的に零した。


「迷惑だなんてとんでもない。名門である佐々木家のご子息様ですから、やる事には何らかの意味がおありなんでしょう。実際、彼はよくやってる様ですよ。それに現場は元々時間に不規則ですから、迷惑も何も」

「意味?あれの行動にそんなものがあるとは思えませんが」

「じゃあ佐々木さんが私とこうして話してるのは、何か意味があるんですか」


笑いながら酌をしてくれたはいいが、これで長官の伝令とは恐れ入った。

適度に冷やされた酒が、とても不味そうだ。


「…実は私、あなたのファンなんです。キャリアでもなく、裏社会の連中とつるんでるという怪しい噂のある女性が、事もあろうに長官の伝令を務めるだなんて、あまりにも出来過ぎた立身出世物語じゃないですか。勿論、愚弟の度重なる無礼のお詫びもありますが、あなたとお近づきになりたくて」

「…名門の人間って頭がいいだけで中身は空っぽの馬鹿ばっかりかと思ったら、佐々木さんはそれに加えてユーモアもある方なんですね。じゃなかったら私の事をファンだなんて、普通言いませんよ」

「何を仰います。貧しい家の出であるアバズレのあなたには敵いません」

「じゃあ今この場で冗談を言ってみましょうか。あなたの事をクソやろーだって」

「…あなたに益々興味がわきましたよ。連絡先を交換しましょう、携帯貸して下さい。私のを入れてさしあげます」

「連絡なら秘書室の内線にまたどうぞ。逃げも隠れもしませんから」

「伊東さんならよくて私はダメなんですか?何故です。少なくとも伊東さんとよりは楽しい関係が築けると思いますけど」


監察の伊東との関係についても言及したが、目の前の女性は瞼の筋肉一つ動かさなかった。

ここまでくれば大したものだ。強制的に送り込まれた連邦捜査局の訓練施設での高評価も頷ける。


奇妙な緊張感が続く中。突如、相手の女性の携帯電話が鳴った。

女性は電話の相手に小声で二言三言言葉を返すと、改めて居住まいを正した。そして「ごめんなさい、長官が」と口にしたが、まともに話をした今となっては、そんな言葉ですら嘘に聞こえるから不思議だ。

それから彼女はバックの中から財布を取り出し、五千円札を一枚抜いた。

だが、食事代にしては安い。

それに、打ち合わせという建て前である以上、ここの物は経費で落ちると分かっている筈だが。


「これは?」

「これで襖の奥にいらっしゃる方に飲み物でも差し上げて下さい。佐々木さんが個人的に連れてこられた方々の分まで経費で落とすつもりであれば、いらないのでしょうけど」




…まさか気が付いていたとは。

不味さだけが残った猪口の中身で舌を湿らせてから、取り残された五千円札を見やった。

これでは一人分の飲み物代としては多い。二人分以上の飲み物代として置いて行ったのだろう。

相手の女性は部屋を出る時に仕切られた襖の奥に目を配ったが、見えているわけがない。


女性の気配が完全に消えると、閉まっていた襖が開いた。

その奥から顔を覗かせた部下の信女は、食べていたドーナツを音を立てずに飲み下した。

確かに、飲み物を頼んでやってもよさそうだが。信女が欲しがっているものは、飲み物などではない。


「あの女を殺す事はありませんよ」

「………」

「不満ですか。でも放っておきましょう。あの女は我々が手を下さずとも近いうちに必ず死にます。…ね?高杉さん」


信女の側にいた男は、肯定も否定もせず、ただ笑った。

惚れている女が殺されると知っていて何が面白いのか。

あの女と自分のところの店で酒を飲むらしいが、不味くはないのか。

この男の考えている事ですら、私には理解出来ない。



狼の群れ

title:揺らぎ
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