事件の一報が入ったのは午後の二時過ぎ。
被害者は一度殺人の罪で起訴されたが数週間前に無罪を言い渡された男で、白昼堂々、交通量の多いスクランブル交差点のド真ん中で多量の血を流し死亡。凶器は鋭利な刃物と思われる。だが死体の周りにそういった物は落ちていない。よって自殺の可能性は低い。
犯行にかかった時間ははおよそ数十秒といったところだろう。手際は実に鮮やかで、最初から急所を狙っていた事はどう見ても明らか。被害者は何が何だか分からないまま死んでったかもしれない。
目撃者は未だ無し。防犯カメラもなく、地元商店街の要望により取り付けられる前の出来事だった。

目撃者無し。犯人は行方知れず。証拠の類は一切無し。被害者は世間の同情を集めにくい人間。
今回のこうした特徴は数ヶ月前から起きている数件の殺人事件の特徴と完全に一致。恐らく同一犯による犯行だと思われる。


現場では既に交通整理がされていた。野次馬も少なくない。クラクションと怒声が折り重なって暴力的に耳へと突き刺さってくる中で、遺留品を探したり聞き込みをしたりと初動捜査が始まってはいるが、今のところ何も出てきていないようだった。
目を背けるようにして辺りを見渡すと、野次馬から少し離れたところに知った顔があった。向こうは最初から私に気付いていたのか、携帯カメラや好奇に澱んだものとは違う目を私の方へ向けている。友人に会ったかのような目だ。だが取材に来た顔見知りの記者ではない。違う。ガラの悪さは似ていても、手ぶらの記者など、普通いない。

輪から抜け出してそいつの方へ近づくと、そいつは当たり前のように煙草を咥えた。私は私でそれに合わせて自分じゃ吸いもしないのに持っているライターを差し出す。
現場と警官、野次馬が輪を作ってごちゃついているのを眺めながら、相手が二口程吸ったところで、やっと口を開いた。


「仕置き人を気取るの、そろそろ止めた方がいいと思うんだけど」
「そんな大層なもんじゃねぇよ、俺ァ。それよりもいいのか?俺と話してて」
「幼馴染と話してるだけよ、私は」
「幼馴染?そんなもんじゃねぇだろ。互いの体の事なら隅から隅まで知ってるくせによ」
「好き好んで昔の女と会おうとする物好きな男と付き合った記憶はなくてね」
「物好きねぇ。警察ってのは、肩書きに縛られて人を殺せねぇだろ。何かあったら死ぬしかねぇ。俺にはそっちの方が物好きな気がするがな」


高杉が追っている犯人かもしれないと気付いたのと同時に同棲を解消した。証拠が無ければ、聞いても止めろと言っても無駄なので、「さよなら」も言わずに勝手に家を出た。高杉は私が出て行くと言っても何も言わなかったし、引き留めもしなかった。
その後、事件があると、高杉は必ず現場にいた。そして私が差し出すライターの火をじっと待った。
このライターは元々高杉の物だ。同棲していた時の物を全て捨て去ったので、今じゃこれだけが高杉と私を繋いでると言える。頑丈でありながら繊細。まるで蜘蛛の糸だ。


「…次は誰」
「聞いてどうする。やめとけ、止められなかった言い訳が出来なくなるだけだ」


こうした気の強いところは昔からあった。でも今回は経験と実績に裏打ちされた自信の表れだ。今着ている服には血が一滴もついていない。
それは一部の人間が高杉の事を「法に変わって悪を裁く英傑だ」とどれだけ騒ごうが、高杉自身に罪を犯している自覚があるからだ。だから証拠を何も残さないのだろう。毎度こうも完璧に。


煙草を全て吸いきらないまま、高杉は去って行った。
今さっき殺人を犯した様には見えない後姿を黙って見届けてから、目の前の現場に戻ろうとすると、同僚である土方さんが輪の中から抜け出して此方へやって来るのが見えた。彼もまた煙草を吸うので、休憩ついでに来たんだろう。
隣に来るなり、土方さんは自分で煙草に火を点けた。そして吸って早々息を吐くように言った。


「…お前、いつまであの男とままごとを続ける気だ」
「これで終わりにします」


土方さんには洗いざらい話してある。だから土方さんは私を信用してくれているし、高杉と接触しても嫌な顔一つしない。腰にある拳銃を正当な理由によって使う事になっても私を責めはしないだろう。むしろ、土方さんの目が届かないところで私が高杉を殺さないか、そちらを気にしているようだった。
でも私は高杉とは違い、他人を救ったり地獄へ突き落したり出来るような器量の良さはなく、釈迦を気取る事も出来ない。神の様に多くの人の目を惑わす大胆さもない。ただ、私にだって出来る事はある。つまらない人間でしかないからこそ出来る事、それは蜘蛛の糸を切る事だ。
生きる糧を奪うそれが罪だと言うのなら、私もまた高杉と同じ、罪人だ。それでいい。
持っていたライターを土方さんに渡すと、土方さんの目が少し見開かれた。意外、だっただろうか。


「それ、よかったら使って下さい。いらなかったら捨てて下さっても構いませんから」
「…あの男のもんじゃねぇのか」
「私には必要ありません」
「そうか。なら、必要になったら俺んとこに来い。いつでも貸してやる」


私は何も言わずにただ頷いた。
高杉が死ぬにしろ、私が死ぬにしろ、高杉は私がライターを持っていないと知った時にどんな顔をするのだろう。安堵。希望。憤怒。絶望。困惑。衝撃。一体、どれ。
いずれにしろ、どうせあの世で会う私達に「さよなら」はいらない。



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