気は利くが、思った事をあまり溜め込まない彼女とは、付き合ってもう一年半にもなる。
頑固で融通の利かない俺とはしょっちゅう衝突したが、何でも言い合ったお陰で別れ話に発展する程の大きな喧嘩は一度も無かったので、それなりに仲良くやってきた、と言えるだろう。

そんな彼女には昔から夢があった。だから希望していた進学先もその分野に関しては有名な地方の大学で、普段はクラスの連中と同じようにふざけていても、実は連日猛勉強していた甲斐があってか、大学には無事に合格。
俺は俺で、ずっとやっていた剣道の腕を更に磨く為、有名な先生がいる此方の大学を志望し、無事に合格した。

会う為には電車で四時間。日帰りで行き来出来なくはないが、彼女はこっちで寮生活を送る俺とは違って自分で家事をこなし、新しく知りあった人間と新たな関係を築きながら、夢の為にまた人知れず真面目に勉強に取り組むだろう。
俺は俺で生活費を稼ぐ為にバイトに明け暮れるだろうし、剣道の稽古にも励まなければならない。
一ヶ月に一度会えれば、まだマシな方だろうか。

つまり、あと数週間もすれば、いわゆる遠距離恋愛になるわけだが、…それで果たして続くもんなんだろうか。
やってみる前から弱音を吐く様じゃその程度の気持ちだろうと言われても、大学を卒業するまでに関係が続いたって、卒業後に彼女が此方へ戻ってくる保証はどこにもないのだから、情けないが、不安にもなる。
だから彼女の進学が決まってからは「なるようにしかならない」と自分にしつこくそう言い聞かせてきたが、卒業が迫ってその瞬間が近づくと、そんな余裕さえなくなっていった。

「行くな」と言ってしまえば、それが一番楽だ。俺だってそうしたい。
だが地方へ行くのを思い留まらせなかった俺の存在は、彼女の中でそこまでの人間じゃないという裏付けでもあるし、照れくさそうに自分の夢を語ったり、ファミレスや図書館で真面目くさった顔をして勉強する彼女を間近で見てきた俺は、彼女の一番の理解者だと胸を張って言える。
だから彼女の邪魔をしたくないし、気持ちよく背中を押し出してもやりたい。

だが不安に駆られてこうした事を考えるくらいなら、いっそ別れた方がいいのではないかとさえ思う。泣かれるだろうが、その方がよっぽど誠実だからだ。
だが…何と言えばいい。恨まれるのは構わないが、この期に及んでも、俺の気持ちに嘘があった、と思われたくはない。

情けねぇと笑いたい奴は笑えばいい。生憎、俺もその一人だ。






卒業を控えた二月の下旬。卒業式の練習の為に、久々に学校へ行った。
彼女の制服姿を見るのもあと数回しかなく、クラスの連中とガチャガチャ騒いでから夕暮れの道を二人で歩くのも、その程度のもんだろう。


「式の練習中にさ、神楽ちゃんが山崎君のあんパン食べてたの、知ってた?」
「やっぱりそうか。なんかもっさもっさ聞こえてんなと思ってたら、あいつか」
「うん、そうそう。しかも口の周りに餡子一杯付けちゃってさ」
「食った物を口の周りにつけてんのはいつもの事だろ」
「そうなんだけど、もうすぐ大学生になるってのにね」
「…だな」
「………」
「………」


これで何度目だ。また話が途切れた。
俺は剣道の稽古で忙しく、彼女は彼女でアパートの下見をする為しばらくの間は此方へいなかったので、やっとまともに会えた筈なのに、楽しい会話どころか、普段なら気にもならないこうした沈黙が多い。しかもいちいち耳に障る。

こういう間にこそ、引越しの準備は進んでるのか、とか、アパートはどういう所なんだ、と浮かれ気味の周りの連中と同じように聞けばいいものを、俺の口からは無関心を装った灰色の息だけが何度も吐きだされていくだけだった。
彼女も真っ直ぐに前を見たまま何も言い出そうとしないし、メールでもその話には全くと言っていいほど触れない。俺が「ふーん」としか言えないだろうと踏み、彼女なりに遠慮してるからだろう。
それは、確かにどう返事をしたらいいのか分からない俺にとっては嬉しい事ではあるが、反面、他人行儀で気にくわない。

だから尚更自分の口からは聞けず、そうしてどうでもいい事を話したり黙ったりを繰り返すうちに、とうとう彼女の家の側まで来てしまった。
明日も登校日だが、明日もまた一緒に帰るんだとすれば、また同じ事を繰り返すんだろうか。
思った途端に沈黙が重さを増した様な気がした。

俺が何を考えているのか分かったのか、彼女は躊躇う素振りさえ見せず、さっさと自分から門へと手をかけた。


「トシ」
「………?」
「月並みな事しか言えないけど、…大学に行っても、元気でね」


無理をして大人びた顔でそう言った彼女に対し、俺は声を低くして、ただ「ああ」とだけ返した。

これでもう悩む必要はなくなった。これで良かったんだ、これで。
だが強制的に訪れた幕切れを、自分の中でどう始末をつけたらいいのか、俺はその手立てを知らない。



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