退屈な授業もチャイムと同時に終わり短い休み時間がやってくる。何をするかは人それぞれ、間食トイレ勉強お喋り昼寝などなど挙げればキリがない。そんな賑やかな教室の風景の中で一際目立つ藤くんは何気なく眺めながらさて寝ようと机に足をかけていると後ろから襟をぐいと掴まれた。犯人は分かりきっているらしいけれど、いちいち反応すると面倒くさいから指だけ振り払ったようだった。すると今度は髪を乱雑に掻き乱され、ここまでされて黙っていられるはずもないだろう、藤くんは椅子から立ち上がって後ろの席の美作くんの襟首を掴んだ。
「おーやっと起きたっぽいな」
「最初から起きてんだよ」
こうやって昼寝はいつも阻止された藤くんと阻害した張本人の美作くんと雑談になるのが日常。誘い方はどうかと思うけど本人は特に嫌悪しているわけでもなさそうだ。何気ない会話は教室だけでなく保健室でもよくする。そこだと時折本好くんや安田くんも顔を出す、しごく偶に真哉さんやその弟くんと舎弟らしき人も来る。病魔に関係した人間は少なからず顔を出す場所になっていた。
「そういえば花巻ってアレ以降来たことあったか?」
「時々来るよ。怪我をすることも多いみたいでね」
「あー。体育の時間とかよく怪我してるよな」
保健室として活用する数少ない人間となっている花巻さんを派出須先生は歓迎しているらしい。病魔と闘うことが本来の目的だとしても保健教諭としても全うしたいと常に考えている先生にとってそういう来訪者は大歓迎だろうし、それが本来の在り方でありたいと告げているようだった。
「でも藤くん、よく付き添ってあげてるよね」
「ん?まあな。サボれるし」
どうせなら保健委員になったら楽だよな、と二学期から保健委員になった藤くんは相変わらず住人のように奥のベッドを占領している。体育の時間に保健委員だからと怪我をした花巻さんに連れ添うのも恒例になった。だが前の時間に怪我をした安田くんには自分で行けと言っていたっけ。なんとなく花巻さんには特別優しい気がするんだ。本当になんとなくだけど。
「---あの二人には言ってもいいと思うよ」
「別に信用してねぇわけじゃねえよ」
「ここを貸すのはいいけど、万が一を考えれば言っておいた方がいい」
花巻との関係、それは保健室でしか明かせないものになっていた。以前美作の発言から俺は考えるようになっていた。【もしお前が彼女をつくっても被害者になるかもしれないな】それはとても真摯な言葉だったように今は思えた。自分の容姿よりも眼前に立つしがらみの方が深刻でそこまで気にする余裕がなかった。病魔の一件以来周りを少し見るようになって気がついたのだ。俺は周りの女子に意識されているのだ、と。そして俺と親しくしていれば羨望されるし限度を超えれば嫉妬の対象になってしまう。その強い想いは病魔の種を無暗に増やすことにもなる。---それは保健室を借りるための口実だ。本音を言うなら花巻が他の女子に傷つけられるのが怖い。もしそうなっても俺は何もできないし、むしろ加速させて本当に花巻の世界を削り取ってしまう。
「アンタは何も言わないんだな」
「生徒同士の問題だからね。僕からは何も言えないよ」
こんなこそこそしたこと学生の間だけだと言い聞かせて、だからまだ恋人らしいことなんて何一つしていない。学校の短い時間と放課後から夜の自室でのメールのやりとりの二つが俺達を繋ぐ時間。とてもじゃないが足りない。実を言うなら近い内にあの二人には言おうとは思っている。そしたら昼休みも過ごせるかなんて、足らない時間を補充したい一心なのだ。
ゆるい愛の形は今にも燃え上がりそうなんだ
20100327