さらさら指を流れる髪は部屋に差し込む橙がかった陽光に照らされて一層透明感に溢れて綺麗だ。触れれば熱を含んだ柔らかな感触が病みつきになる。香水もコロンも何一つ置いていないはずなのに仄かに香る甘い匂いは女子特有のものなのだろうか。発生源の花巻からはもっと甘い匂いがするのかと思えばそうではなく、表現し難いが一言でいうなら安心する匂いがする。瞼を閉じたら眠ってしまいそうな、一種の俺限定の睡眠薬。
「そのまま、寝てもいいよ?」
「…ん。朝まで寝そうなんだけど」
「それは、駄目だよ」
当然だ。だってここは花巻の家の部屋であって俺の部屋じゃない。花巻の両親が帰ってくる前に帰らなきゃいけない。できることなら朝まで寝かせて欲しいけれど、学生の身分でそれは色々問題があるからいつも我慢するんだ。ふてぶてしくも彼女の部屋にあがってベッドを占領する俺もどうかとは思うが、それを許している花巻はいつも何を思っているんだろう。好きだから何でも許せるなんてことはまずない。俺の勝手な意見ではあるけど、それなりの境界線というものが誰の間にもあるものだ。ずかずか土足で踏み入る奴を勇者だ救済者だとのたまう奴もいるが、俺に言わせればただの不躾者。両親だろうが兄弟だろうが恋人だろうが線引きせずには一緒にいられない。ベッドにそこまでこだわる人間はいないかもしれないけれど、家族以外の人間に占領されるというのはあまりいい気分じゃないかもしれない。毎日一日の四分の一くらいを過ごす場所なんだから、そこは立派な花巻の聖域じゃないか。
「嫌じゃ、ないよ。藤くんは、私の匂いのするベッド…嫌じゃないの?」
「嫌なら寝ないし眠れない」
「それと同じ。私も藤くんのベッドで…きっと、寝れるはず…っ」
「じゃあ今度俺の布団で寝てみるか?」
障子と木の壁に囲まれた和風の部屋に敷く一式の布団に寝転がる花巻を想像すると、なんとも間抜けに思えてしまった。それだけのための押し入れから布団を出して部屋のど真ん中に敷いてさあ寝ろと言わんばかりに枕を置くだ
なんてどこの漫才だろう。俺が提案したことだけど。さっきまで考えていたごちゃごちゃした考えが全部吹き飛んだ。けど…面倒くさい思考、俺も案外してるんだな。
結局は俺が意識してばかりなんだ。
つまりは花巻のことしか頭にないということ。
それだけは誤魔化しようのない事実。
バカ、意識し過ぎだろ。俺----