「っ! お前ら……!」
「躾のなっていないお兄ちゃんにお仕置きでーす」
 いつでも取り出せるようにと、コートのポケットに忍ばせていたナイフに指先を触れさせていたため、手が拘束された際に地面に折り畳み式のナイフが落ちてしまった。
 なんとか手の拘束を解こうともがいてみるが、効果はない。
 強引に二人の手を振り解いても良かったのだが、どうにも彼女らに負い目を感じているのか、上手くいかない。
「くっそ」
 綺麗な顔が恐ろしいほど冷たく歪む。
 臨也が自分たちに歯向かえないことを知っているのか、舞流は愉しげにニコニコと笑うと、一歩出遅れている静雄を見上げて、言った。
「さあ、静雄さん。どうぞこのダメな兄を殴って下さいな!」
「なっ!」
 愛らしい笑顔でよくもまぁ物騒なことを言う。
 ――殴られるなんてそんな、
 ――シズちゃんのをモロに食らうだなんて真っ平御免だ!
 先ほどよりも抵抗を示す臨也だが、やはりそれは何の意味も為さない。
 舞流の言葉に驚いて僅かに目を見開いた静雄は、すぐにその表情を脅威的な笑みへと塗り替えた。
「んなことしたって、幽には会わせてやれねぇぞ?」
「分かってますよ」
「僅(ちょっと)……惜(残念)……」
「まぁまぁクル姉、また別の機会にアタックしようよ」
 静雄の言葉に少し残念そうな顔をする九瑠璃を励ますと、舞流はやはりニコニコ笑いながら続けて言った。
「じゃ、どうぞ顔面に一発お見舞いしちゃって!」
「……顔面はやめてほしいんじゃなかったけか?」
「顔に痣があるイザ兄もいいかなぁ〜って。ほら、なんか破廉恥にぃぃぃいいいいたた! 痛いよクル姉! ごめん、悪かったって、ごめんなさいってばぁ!」
「静(黙って)」
 九瑠璃は無表情で舞流の耳を千切れんばかりの勢いで引っ張って強制的に黙らせる。
 どこかズレたことを言いかけた舞流に、訝しげに眉を潜めた静雄だったが、『気にする必要はないか』と肩を竦めて、今にも噛み付いてきそうな顔をした臨也へと視線を戻した。
「てなわけだからよぉ、ノミ蟲」
 ポキ、ポキリ、と指の骨を鳴らして『いかにも』といった準備を整える静雄。
「せいぜい歯ぁ食いしばれやぁあ!!!」
 拳を振り上げる。
 臨也は――
 余裕の顔で、簡単に躱してみせた。
「……」
 立腹の表情を浮かべる静雄だが、めげずに二撃目を繰り出す。
 しかし、同様に躱された。
 次から次に、何度も殴りかかるものの、右へ左へ、下へ受け流され、一発も当たらない。それどころか、掠りさえもしない。
「……」
「……」
 試しにとフェイントをかけてから攻撃を仕掛けてみたが、結果は変わらず。
「……」
「……」
 ならば、と、体力を激しく消耗するのを覚悟で相次いで殴りかかってみる。
 そんな必殺連続パンチすらも――
「ハァッハァッ……」
「……」
 綺麗に、避けられた。
「――っ、手前! 潔く諦めて一発食らいやがれ!」
「なに理不尽なこと言ってんのさ。シズちゃんのお願いなんて聞いてやらないよ」
「お願いじゃねえ、命令だ!」
「尚更聞くわけにいかないね」
 ついには胸倉を両手で掴み上げて、至近距離で怒鳴り散らし始める静雄。
 今こそ殴れば確実に命中するものの、苛々ゲージが満タン状態の静雄はそこまで頭が回らないらしく、殴る様子は見られない。
 再び口喧嘩を始める静雄と臨也を見て、舞流が九瑠璃に耳打ちをした。
(静雄さんって本当にイザ兄のこと嫌いなのかな?)
(曖(分からない)…… 然(だけど)、怪(怪しい)……)
(だよね……。じゃあさ、真実を確かめようよ)
(? 案(なにかあるの)……?)
(うん、あるよ。飛切りいい提案がね……)
 静雄と臨也の見えないところで、密かに笑みを浮かべると、九瑠璃と舞流は囁き合う。
 すぐそばで練られている策略にも気付かずに、静雄と臨也は啀み合っていた。
「じゃあ頼んでやるから殴らせろ」
「あっは俺に頼み事?」
「……そういう風に言われると頼みたくもねぇと思えてきた。じゃあ手前をどう殴る? ……なぁーに、考えてみりゃ簡単なことじゃねぇか!」
「ッ!」
 自分が如何に優位に立っているのかを漸く思い出したらしい。
 静雄は臨也の胸倉をサッと離すと、左手で髪を乱暴に握り、動けないようにと頭を固定させた。
 これで命中率は100パーセント。
 臨也のペースから這い出た静雄は、心底嬉しそうにニタリと笑った。
「……手加減してよ」
「わりぃな、そこまで器用じゃねぇ」
 言いながら静雄は、冷や汗を頬に浮かべる臨也に嫌がらせの意を込めて、鼻先が触れるほどの距離まで顔を近づけて意地悪く言い放った。
「あ ば よ」
 彼の計算ではこの後右拳を頬にめり込ませる筈だった。そして、告げた言葉の意味通り、臨也に『さよなら』をするつもりでいたのだが――。
 計算が狂った。
 なぜ、臨也の後ろには舞流一人なのか。
 なぜ、九瑠璃が自分の後ろにいるのか。
 とんだ誤算だ。勘定違い。
 まさか九瑠璃が――
 自分の背中を、押す だなんて――……


「!?」
「!!!?」


 ……
 ………………――――――……
 時間が停止。思考も停止。
 ついでに地球の回転も停止したのではないかと考えた。
 しかしどうやら、停止していたのは思考のみらしい。
 巻き戻し。
 はい、そこから。
 九瑠璃が静雄の背中を押した。
 スロー再生。
 バランスを崩した静雄が、前へと倒れる。
 勿論、臨也とは至近距離に顔を近づけていたわけであって……
 当然、前に傾けば……触れるので、あって……
 ……
 静雄と臨也の距離が、ゼロになった。
「……」
「……」
 ――待て待て、これは……
  ――おおおおお落ち着け。……違うんだ。こんなつもりじゃ…… 俺はただ嫌がらせで……
 ――ないでしょ、だってシズちゃんだよ?
  ――考えてもみろ、臨也だぞ?あのノミ蟲だぞ……!?
 ――そんな奴と……
  ――そんな野郎と……


俺が、
キスしてる、だって……!?



「……長(長い)」
「え、ウソ!? まさかのディーキス!?」
 首謀者である二人の少女が、それぞれ驚きの声を上げる。
 時間再生。思考復活。
 地球、回り始めました。
 お互いに勢い良く体を反対側へと反らして、拒絶するように距離をあける。
 その間にも、九瑠璃と舞流は各々思案を巡らせていた。
「そっかぁ……怪しいとは思ってたんだけど、まさか本当に愛し合っていただなんて……!」
「愕(ビックリ)……」
「ち……違う! 誤解だ!! 勘違いすんじゃねぇ!!」
 覚醒した静雄はシャツの袖で唇をゴシリと力強く乱暴に拭うと、慌てたように弁解を試みる――が、あらぬ結論に到達してしまった彼女らは聞く耳を持たない。
 九瑠璃と舞流は、間近で目撃した衝撃的な映像を見て引くこともせず、むしろ嬉しそうに笑った。
「いいね、幽平様のお兄様と私たちの兄が恋人だなんて……! ああ! どうせならそのまま私たちと幽平様も結ばれ、」
「あまり調子に乗るなよ」
 舞流の声を遮ったのは、冷淡な臨也の声だった。
 臨也は、手の甲やらコートの裾やらで、失礼なくらい何度も何度も執拗に唇を拭っている。
「お前達が何をどう勝手に妄想して快楽を得ようが俺には関係ないが、俺を材料にするのは……赦せないなぁ」
 形だけの笑みとはまさにこのことだ。
 九瑠璃と舞流を見つめる冷徹な瞳。
 いつの間に拾ったのか、刃が出たナイフも一緒に向けられていた。
「……」
「……」
「……」
 氷点下の沈黙。
 折原弟妹の睨み合い。
 折れたのは――

 臨也のほうだった。

 パチンとナイフを折り畳むと、コートをふわりと舞わせて背中を向ける臨也。
「お……おい!」
「うるさい、黙れ」
 思わず声をかける静雄だったが、それ以上の発言は許されなかった。
 ――あいつ……
 ――本気でキレてんな……
 戦意喪失。意気消沈。
 完全な拒絶を見せる背中を追いかけるなんてことはできないと思った。
 そんな静雄の隣に折原姉妹は並び、舞流はわざとらしく肩を竦めてみせた。
「まったくイザ兄は恥ずかしがり屋さんなんだから……。ま、頑張ってちょーだいよね、静雄さん☆」
「……マイル、手前少し黙ってろ」
「えぇ〜!」
「……消えてくれ。じゃないとその……」


「手前らまで殴っちまいそうだ」


 その後、暫くの間二人は遭遇した時にぎこちなかっただとか、喧嘩の激しさが増しただとか、様々な説があるのだが、それはまた別の機会に……。




exclamation mark(エクスクラメーションマーク)=『!』(感嘆符)。
つまり、タイトルは『!!!!!!…(無限)』

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