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「んっ、う、ぁ……シズ……ちゃ、ん」
「……いつもの涼しい面はどうしたぁ? 臨也君よぉ……」
「ひっぁ、っ、そんな、ことっ、ッあ、言わ……で……」
 新宿の臨也の事務所兼自宅の中。
 半地下の階段には靴や衣服が無造作に脱ぎ捨てられており、テレビの向かい側にあるソファーの上では、静雄が臨也に覆い被さっていた。
 部屋に充満する雄の匂いと、濡れたような卑猥な音。
 白い喉をひくつかせ、塞がらない唇の合間から唾液と共に甘い嬌声を上げるのは、この家の主である折原臨也だった。
 ズブ
 ジュプ
 淫猥な音を立てて臨也の中に抜き差しを幾度となく繰り返す。
 部屋に立ち込める行為の音が、鼓膜から脳を甘くドロドロに溶かしていく。
 狭い部屋ではなく広い空間、しかも照明を落としていないというのも理性を奪う一つの要因で、視覚的にも興奮を煽る状態だ。
 だが興奮を最大限に煽っているのは、それらではない。
「あ、あ、あっ、……っ、そこ、……いいっ……! もっと……、もっと、ちょうだいっ」
 黒いソファーに爪を立てて、身体を張らせて快楽を和らげようとする臨也の姿というのは、言葉に余るほどひどく妖艶なものなのだ。
 もともと顔が整っており、野菜を食べないくせにやたらと細い。あれだけの身体能力を持っていながら筋肉は殆どついておらず、陽に晒されない素肌は透き通るように真っ白。
 その上今日は、どういうことか
 髪と同化している三角形の獣の耳と、長くて大きなふわふわの尻尾が生えているのだ。
 普段でも充分なほどに艶やかな臨也が、今日は数倍、艶めかしく見える。
 萎えるわけが、なかった。
「ん、あ、あ、しず、ちゃ、っ」
「いざや……」
 貪るように狐の耳に噛みついて、激しく揺れ動く尻尾の付け根に指を這わせば、一際熱い吐息が漏れる。
 その吐息さえ惜しくて、耳から唇を外して唾液まみれの口の端にキスを落とせば、どちらからともなく舌を絡め、濃厚な口付けを交わす。
 尻尾に触れているのと反対の手を薄い胸板に持って行き、主張する胸の突起を弄ってやれば、もう絶頂は近い。
「出す、ぞ」
「ふぅ、あ、ゃ、ぁああああ!!」
 ドクン――、と。臨也の中で静雄のものが大きく脈打ったと同時に、臨也は静雄の腹に白濁を放ち、静雄は臨也の中に熱い液体を吐き出した。
 最後の一滴まで、全て出し終えるまで。
 荒い呼吸をどうにか整えつつ臨也を見れば、彼も同じように呼吸を整えていた。
 隠すように目に宛がわれた腕が、
 垣間見えた涙の跡が、
 上下する胸が、どうしようもなく、愛しい。
「ん、ぅ……? ぁ! っ、やだ、シズちゃんっ……動いちゃっ、やあっ……!」
 込み上げる感情が律動になり、気がつけば静雄は再び臨也の中を穿っていた。
 もっと。
 もっともっと、乱してしまいたい。
 メチャクチャに、壊したい。
「イった、ばっか、だか、らあっ! まだっ、らめぇっっ……!!」
 呂律の回っていない言葉だとか、涙声だとか、いやいやと振る頭だとかそのせいで香る匂いだとか、
 ありとあらゆる臨也の全てが、静雄を欲望に支配していく。
 そんなどこかの片隅で、静雄は一つ強く思ったことがある。
 ――溺れてる。
 ――臨也に、溺れてる。
 きっと、溺れてしまった理由というのは――
 自分にとって折原臨也が、特別だからだ。
 ――そっか……俺、臨也のことが――。
「しず、ちゃ、っ、し、ずっ、しずちゃあんっ」
「、いざや」
 孤独と疎外感を消し飛ばした、圧倒的な存在は誰だ。
 自分よりも限りなく独りで、孤高でありながら誰よりも強く耐え抜き生きたのは、一体誰だ。
 臨也じゃないか。
「いざ……やっ……」
 人との壁を打ち払ってくれたのは臨也だ。
 恐れず心に踏み込んでくれたのは臨也だった。
 自分が大嫌いなのも、
 自分の力で殺せないのも、
 孤独感を取り除いてくれたのも、寂しさから救ってくれたのも、
 他の誰でもない――
 折原臨也、だったじゃないか。
「いざ、や、っ、いざや、いざやっ……!!」
 そして、この、
 頬に優しく添えてくれた手も――
 臨也の だから。
「――っ」
 涙で溢れる網膜。優しい眼差し。何かをいつも諭してくれる。取り除いてくれる。
 あたたかくて切ない、この胸に込み上げる感情は――
 ――好き、だ……。
 言葉にできても、声に出してはいけない。
 絶対に。
 孕む虚しさを吹き飛ばすように、奥へ奥へと腰をすすめれば、限界が近いと言わんばかりに臨也が甘い悲鳴を上げる。
 身を捩らせて快楽に悶える姿は、淫らと言うよりもただ美しかった。
 締め付けが強くなる。
「しず、し、しずっ、しずちゃぁああっっ」
 腰を浮かせて連続の行為に達する臨也。
 静雄も少し遅れて絶頂を迎えた。
 臨也の中が、静雄のもので溢れている。
 なのに、胸は満たされることはなかった。
「――シズ……ちゃん」
 その翳りをまるで払うように、臨也の両手が静雄の頬を挟み、顔を上げるように促す。
 息もろくに整ってはいないのに、臨也は包みこむような微笑みを浮かべていた。
「……っ、は……っ、人の命ってさ、みんなみんな、ぜーんぶあっという間で、しょ……? ん、……シズちゃんだって、そのうち……、っ……六、七十年したら……死んじゃう、だろうね……は、は」
 なんで。どうして。
 そんな顔をしてそんなに悲しいことを言うのだろう。
 衝かれたくないところを衝かれてしまい、静雄はクシャリと顔を歪める。
 臨也の言う通り、静雄にはそう遠くない未来――必ず、終わりがくるのだ。
 バケモノみたいな人間でも、当然のように訪れる死。なのに――人間みたいなバケモノには、年老いて死ぬということは、ない。
 不死身ではないが、殺されたり事故に遭ったり自殺しない限りは、死ねない運命なのだ。
「……人って、脆いよ……。俺がどんなに愛したところで……生き続けては……くれない」
「じゃあさ」。そう言って臨也は静雄の顔を自分に引き寄せると、額と額をコツンとぶつけた。
 そして間近で静かに紡がれた言葉は――
「俺が嫌いな人間は……生き続けて、くれるの、かな……?」
 彼の生い立ちからくる、悲しい科白だった。
「淡い幻想だよね……バカだね俺も……なんで今更……『手放したくない』なんて……。バカだよ、どーしてくれんのさ、シズちゃん」

「俺をここまで人間にした責任……取れよ、クソガキ」

 その瞬間に、静雄の中に根を張っていた核のような蟠りが、音を立てて砕け落ちた。
 ――なんだよ、それ。
 ――手前こそ責任、取りやがれよな。
 鼻先で頬を優しくなぞって、鰓骨を甘噛みする。
 くすぐったそうに目を瞑る臨也に、愛しさが波のように押し寄せる。
 ――やっと、声にできる気がする。
 静雄は少しだけ顔を引くと、臨也の双方の眼を真っ直ぐに見据えて、ハッキリと告げた。
「好きだ」
 今まで何度も無理矢理飲み込んできた言葉を、やっと吐き出すことができた。
 告白された臨也は驚いたように目を丸くするが、すぐに亀裂のような笑みを浮かべる。
 気に食わない笑みだが、それは静雄の目には自嘲のように見えた。
「俺は君のこと、好きだけど嫌いだよ」
 妙な告白をしながらも、
 二人はまるで契りを籠むように――
 愛の口付けを、穏やかに、交わした。







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