「ねえ」
 本日、快晴、猛暑日。
 今日も池袋は人で賑わい、暑苦しい。
「……ねえ」
 来神高校。この異常に暑い真っ昼間に、二人の高校生が屋上に佇んでいた。
 一人はきちんと指定の制服を着こなした眼鏡の少年で、もう一人は学ランを着用した、この時期に相応しくない恰好をした少年だ。
 眼鏡の童顔少年が話し掛けているのにも拘わらず、学ラン少年はフェンスの網に指を引っ掛け、ただ景色を眺めている。
「……ねえってば、聞いてるの、臨也?」
 少し苛ついた顔で眼鏡少年が学ラン少年に声をかければ、漸く学ランのほうの少年――折原臨也が振り向いた。
「聞いてるよ」
「じゃあ、さっきした質問に答えてくれないかな?」
「そう焦るなよ。まったく新羅はせっかちなんだから……」
「……10分も無言だった奴に黙って待っていた奴のことを、せっかちって言う……?」
 新羅と呼ばれた眼鏡の少年は、呆れたように溜め息を吐いて肩を落とすと、眼鏡を押し上げる。
 そんな新羅に苦笑しつつ、臨也はフェンスに寄りかかりながら口を開いた。
 が、

 ドォオ……ン

 瞬間的に轟いた轟音により、喉まで出掛けた言葉は声になる寸前で遮られた。
「あ、始まった」
 まるで花火が打ち上げられるのを待ってました、と言わんばかりに、楽しげな声を上げては再びフェンスの外に広がる景色へと目を向ける臨也。
 先ほどと違うことがあるとすれば、ポーカーフェースが剥がれたことと、その視線が下に向けられているということだ。
 表情を消して臨也の背中を見つめる新羅だったが、覗き見える臨也の横顔は普段とは似つかないほどやたらと素直で、赤褐色の瞳は爛々と輝いているのを見て、納得いかない想いを無理矢理封じ込めつつ、彼の隣へと足を進めた。
 自分より数センチ身長の低い彼と肩を並べれば、外の景色に近づいた。
 そこから臨也の視線の先を辿ってみる。
 視線の先には――

 人が、舞っていた。

 これは比喩法ではない。
 文字通りの意味だ。
 自分たちと同じ、もしくは一つ二つ年が上の人間たちが……
 綺麗な放物線を描きながら、投げ飛ばされていたのだ。
「静雄……」
 集団の中心に、やたらと目立つ金髪を見つけた新羅は、静かに声を落とした。
 その声には哀れみが含まれている。
 隣の臨也は、ニッと口の端を歪めて笑った。
「ふっ……はは! なんだあれ!武器持った奴らがたった一人に……しかも素手で蹴散らされてるだなんて!何度見たって不可思議な光景だよ、面白いなぁ」
 今世紀初の発見をしたかのように、高らかにケラケラと笑う臨也はただの嫌な奴だ。
 だが新羅は、知っていた。
 臨也は最近、高揚感に浮かされて活気があるということに。
 その原因が一人の少年……『平和島静雄』との出会いにあるということに。
 新羅は吹っ飛ばされる少年たちを一瞥すると、臨也に向き直り、再び声をかけた。
「丁度いいからもう一度質問するよ。『なんで君は静雄にちょっかいを出すの?』 仲良くしてほしいんならさ、好かれるようにそれなりの対応をすればいいじゃないか」
 再度尋ねられた質問に、今度は長い沈黙を生み出すことなく、臨也は延長させた問いに漸く答えた。
 勿論、暴れ回る平和島静雄を見下ろしながら。
「だってこんなにウキウキするの、初めてなんだもん」
 あっさりと返された結論。答え。
 具体的にどういう意味なのかを尋ねようとしたところ、まるでその思考を汲み取るかのように、臨也が言葉を繋いでいった。
「俺がシズちゃんにちょっかいを出すのは、好きだからとか、振り向いてほしいからとかじゃない。ただ、興味があるだけ。結局のところ、シズちゃんは俺にとってただの観察対象でしかないんだよ」
「その観察のためにすることが、これ?」
「色々と考えた結果、これが一番奴に効果的かなと思って」
「……臨也ってさ、マゾヒストなのかサディストなのかよく分からないよね」
「……誤解を招くような言い方はやめてくれるかな?」
 そう言うと臨也は漸く新羅を視界に入れた。どうやら、観察対象が暴走をやめたらしい。
「ま、そういうわけだからさ、新羅。シズちゃんのお友達である君からすれば俺がやってることは不愉快な事になるんだろうけど、理解してやってよ。これが俺、折原臨也、なんだから」
「……君のことも静雄のことも、嫌というほどよく理解してるつもりだよ。 はぁっ……艱難辛苦の三年間になりそうだ」
 本日何度目かも分からない溜め息を吐きながら、今後のことを想像すると頭が痛くなったので、思わずこめかみを押さえる新羅。
 それを見て薄く笑った臨也の背中の方角から、
「いぃーざぁーやぁぁあああ!!」
 激しい怒号が鳴り響いた。
 少し驚いた顔をして目を見開いた臨也は、徐に一度振り向くと、すぐに肩を竦めては呆れるような息を洩らした。
「まったく……喧嘩に巻き込まれては俺を捜して殺しにやってくるんだから。どんな脳味噌持ってんだかね」
「理不尽を受けてるような言い方をするけど、実際のところ、被害者は静雄だろ?」
「まぁね。あの喧嘩だって俺が意図的に仕組んだことだし」
「……とことん嫌な奴だね、反吐が出るよ」
「ふふ、やっぱり新羅は凄く俺のことを理解してくれてるね、よく分かってるじゃない。そんなところも、俺は好きだよ」
「嬉しくない」
「構わないさ」
 本日、快晴、猛暑日。
「俺は俺が人間を愛してさえいれば、それで満足なんだからね……」
 今日も折原臨也と平和島静雄は、仲が悪いです。
 明日も明後日も明明後日も、
 一年後十年後数年後も――
 彼らは変わることがないのでしょう。





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