もしも俺が中学の時、岸谷新羅と出会っていなかったなら。
 新羅と会わずに、シズちゃんと出会っていたのなら。
 俺はきっと、シズちゃんに純粋な興味と好奇心を寄せていたことだろう。
 そして一方シズちゃんは、
 純粋な感情を寄せてくる俺のことを、嫌がりつつも受け止めてくれた筈だ。
 そんな感じで時が過ぎ、二人でずっと一緒にいたなら――
 俺とシズちゃんは、ほぼ100%の確率で、恋に落ちていたことだろう。
 そうなっていたら俺は、情報屋なんてふざけた仕事も経営していない。二人はひっそりと、平和で静かに暮らしていた筈だ。
 想像してみる。
 長閑な田舎でのんびりと二人で暮らす、折原臨也と平和島静雄の姿を。
 ……俺は現在進行形でシズちゃんが大嫌いだから、そんな光景を思い浮かべるだけで寒気がするんだけど。
 でも、もし。シズちゃんのことを俺が好きになっていたのなら――
 それはとても幸福で、幸せに満ちたものなのかもしれないね……。


♂♀


 ――あ? ノミ蟲野郎が? 俺のことを好きになっていたかもしれない、だあ!?
 ……っ! なんてこと訊いてやがんだよ、お前……! つか、よく刺されずに済んだな……。
 ……100%の確率で恋に落ちていた? ……それ、お前の作り話じゃねぇよな? だったらお前がいくら女で門田のツレだとしても、マジでキレるぞ。
 ……俺と臨也が田舎で二人暮らし、か……。
 ふ、……あいつに田舎は似合わねーだろ。
 でもよ、俺もさ、臨也があんなんじゃなくてもっと……いや、もしかしたらちょっとだけでもマシだったんなら、俺と臨也はこんなんにはならなかったと思うんだ。
 きっとちょっとだけでも……ほんの僅かでも野郎がマシな性格だったら……。……確かに…………してたかもな。いや、断じて俺は同性愛者じゃねーんだけど。
 ニヤニヤすんじゃねぇよ! 例えばの話だろ!!『かも』だ『かも』! あくまで『かも』の話をしてんだ!!
 ……やっぱりお前、それデマだろ。お前の頭の中で繰り広げられた、腐った妄想の産物だろ。
『嘘じゃない』って! ……嘘じゃねぇっつわれたって、信じられるかよ。
 あの臨也だぞ? あの臨也が、俺との生活を想像して……幸せ……なんて……口にするわけ……。
 ……? 俺はどうなんだって?
 ……俺は――……。
 ……俺も、幸せになったと、思、う……。
 ぁぁあああ痒い! 痒い痒い痒い!! クッソなんだよコレ! ノミ蟲か……? ノミ蟲が俺の身体に住みついてやがんのかあ!?
 ……畜生。ムシャクシャする。
 ちょっと新宿行って、臨也の野郎とっちめてくるわ。


♂♀


 あの……さ……。君、なんかシズちゃんに吹き込んだでしょ?
 え? 俺との会話を話した……? あーあ、どうりでこの間うちに乱入してきた時、いつもと様子が違ったわけだ……。
 ……でもね、狩沢。あんな話を当事者のシズちゃんにするのは間違ってるよ。お陰で俺は穴があったら入りたい気分だ。
 君の大好きなBL的展開というものはね、そうそう起こり得るものじゃないんだよ? 二次元の理想を三次元に持ち出さないほうがいい。俺とシズちゃんなら尚更だ。
 ……お似合い? 俺と、シズちゃんがぁ?
 ハハハ! ……刺そうか?
 ……『ツンデレ』?
 ……『ヤンデレ』?
 ……『デレなしツンデレ』? いや、それただの『ツン』でしょ。
 もういいよ、分かったよ! ……好き勝手に暴走してれば……?
 っ……だから――、ッ!?
 ……まずいシズちゃんだ……! じゃあね狩沢! ドタチンによろし――く……!?
 ……いや、シズちゃんと話す事なんて何もないから。だからこの手を離してお願い早く!
 いやいやいや。刺されたいの? 刺すよ? 本気で刺すからね!!
 あああ来てる。シズちゃん来てる。こっち向かってきてるってば!
 っね、も……。顔合わせるの気まずいからああぁあぁあ……!


♂♀


 最近よ、ノミ蟲、変わった気がするんだが……どう思う?
 涼しい顔して胸クソわりぃ笑顔を貼り付けてんのが臨也じゃねぇか。なのに近頃のあいつはどうだ? 俺の顔を見た途端にダッシュで逃げるし、逃げるわりにはテンパってんのか行き止まりで立ち往生。引っ捕まえれば頭から湯気が出そうな勢いで赤面すんだぜ? 耳まで真っ赤に染めて、フードを被って必死に顔を隠そうと俯くんだ。
 ……意識してる? 意識ってなん、
 ……。……。……マジでか? やっ、そんなわけ――。
 ……。……面白いっつーか……その、なんだ……普通に可愛いと思うぞ?
 こ、ここここ恋!?
 俺とノミ蟲がか!?
 ……いや、俺らもういい年こいた大人だし……この年で恋なんて……学生じゃあるまいしよ……。
 ……まあ、そうだけど。……恋……恋……恋、かぁ……。
 ――あ。
 ……ほらな、即行逃げるだろ?
 へっ……ああやって逃げられると、妙に追い駆けたくなるんだよなぁ……!
 じゃあな、狩沢! 門田によろしく。


♂♀


 これはどういうことかな……?
 お前、もういい加減にしろよ。虚構を現実にする計画を企てるのを咎めているわけじゃない。
 ただ、俺を巻き込むな俺を使うな。……え? 機嫌が悪い? そりゃあ悪くなるだろ当然!
 だってシズちゃんが……俺に……『俺が好きなのか』って……っ……!
 っ、はあぁああ!? そ、そそそんなわけっ……そんなわけないでしょ!
 だからナイフ投げ付けてやったよ! 何本も何本もっ! チッ……お陰でナイフを新調するハメになったんだから……!
 ……ああぁ? お前、まだそんなことっ……。っ俺はぁ、シズちゃんなんて大大大大嫌いなのっ!!
 だってあいつ……明らか俺の反応を見て楽しんでるしっ……それを分かってるのに……奴の思うように勝手に反応しちゃう、の……。もうヤダ俺……恥ずかしくて死んじゃう……。
 ――っドタチンまでそんなこと言うの!? しんっじらんない! 見損なったよ!!
『お幸せに』て……遊馬崎まで……!?
 っお前ら……!
 絶対愉しんでるだろっ!!


♂♀


 俺、臨也のこと好きなのかもしれねぇ。
 ……ってセルティに打ち明けたら、新羅ん家に連れて行かれてよ。危うく診療されるところだった。
 だってよ、可愛いもんは可愛いんだから仕方ねぇじゃんか。
 ……ノロケ? ああ、これが惚気話って言うのか……すまねぇ。
 俺の上司のトムさんにもさ、言ってみたんだけどな……。
 ん? ああ、トムさんは受け止めてくれたぜ。戸惑ってはいたがな……。
 やー、考え方一つでこんなにも世界って変わっちまうもんなんだなー。……人間って単純。
 告白――は――まだ――だけど、よ……。あいつ絶対ナイフ投げ飛ばしてくるだろうしさ……信じてくれねぇって。
 ……恋人になったら? それは――

 臨也にしか、教えてやらねぇ。


♂♀


 参った……参った参った……参ったよ……。
 ……ん? ああ、実はね……。
 シズちゃんに……告白されちゃってさ。
 俺のこと……好きだ、って……。
 んんー? そりゃあ……呑まなきゃやってらんないっしょー……。あー店員さーん、こっちもう一本ちょーだーい!
 ……なんて答えたってー? 返事……返事……。……あれ? 俺返事したっけなぁ……?
 狩沢さんさー……もう……どう責任取ってくれんの……? 取り返しつかないよ、これ。波江さんは助け船の一つも寄越してくれやしないし――。……あ。波江さんってのは俺の秘書ねー。この秘書がまた厄介なことにね……。
 ……んぅ……? 責任はシズちゃんに取ってもらえ……? んじゃあ……『死』で清算してもらおっかなぁハハハ……。
 あーもうだめ。ドタチン肩かしてー。
 ……やーだっ。まだ呑むのー。潰れるまで呑んで呑んで呑みまくって……呑むんだからぁ……。
 ……呂律回ってない……? んふふ、可愛いでしょー?
 ん……眠くなってきた……。ごめんドタチン……ちょっと寝る……。
 ……どたちーん……ドタチン……。
 ……。
 ……。

 ……しず、ちゃ……ん……。

 ……。


♂♀


 ――うわっ、酔い潰れてんじゃねぇか……どれくらい呑んだんだよ……。
 運べ? 新宿までか?
 ……なるほど。俺の家か……その手があったか……。
 ……起きたらこいつ、どんな顔するかな? ……え? 顔がニヤけてる……? ……。ああ、好きだとも。臨也が好きだ。……恥ずかしいこと言わせんじゃねぇよっ……。
 寝言……? ……それ本当か? ……へえ……。
 ……あいつさ、俺が告ったついでに、お前はどうなんだっつったら、なんつったと思う?
『自分で考えろ、バカっ』だってさ。
 なんで俺もっ……今更こんなめんどくせぇ奴を好きになっちまうかなー……。
 ……面倒だからよ、今回ばかりはぜってぇ逃がさねぇつもりだ。逃げて逃げて……ひたすら逃げて跳ね回るもんだからよ、一度掴んだと思っても手に収まらねぇ。手から砂が零れ落ちるみたいな……そんな奴なんだよ、こいつは。
 ……つーか狩沢、お前鼻血……。え? ……ああ……それもそうだな……。
 ……んじゃあ、そろそろ行くわ。
 ……ん。サンキュー。じゃあな。


♂♀


 ――「だいたいシズちゃん、俺と恋人同士になってどうしたいわけ? 意味分かんないんだけどっ」
 ――「手前と恋人になったら? んなもん、あれに決まってんだろ」






「手前を絶対、幸せにする」



臨也があんなゲス男性格になっちゃった元凶は、絶対に新羅との出会いだと思います。
新羅と出会ってさえいなければ、臨也と静雄は結ばれていたことでしょうに……。
まあ、新羅←臨也、新セル←臨也とか、私大好物ですけどねっ
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