「んむっ!?」
急激に狭まった距離。がっつくように寄せられた顔。強引な、キス。
「は、なに……っ……」
言葉さえも、奪われる。
そんな、厚かましくて乱暴なキス。
臨也が何か言い返すのを遮るかのように、静雄の舌が臨也の中へと滑り込む。
逃げ惑う臨也の舌を躊躇せずに絡め取れば、臨也が静雄の舌を噛み千切ろうとしたので、静雄は右手で臨也の顎を固定し、速やかに左手を後頭部へと回した。
これでもう、逃げられない。
逃げ道を失った臨也は、ただ静雄にされるがままになっていた。
長い長い、深い、深い、キス。
熱のこもった静雄の口の中は、溶けてしまいそうなほどだ。
その舌だって、そう。
顎を伝う唾液や、その唾液で汚れる右手。
後頭部を抱き寄せる左手だって、熱かったのだ。
眩暈が起きてしまいそうなくらい、
濃厚で妙なキスだった。
「シズ……ちゃ……」
角度を変えては何度も口内を掻き乱す。
制止するために出した声は、もしかしたら彼を煽っていたのかもしれない。
静雄の右手は、いつの間にか腰に回されていたのに、それにさえ臨也は気づくことができなかった。
酸素の足りない頭は、タバコによって汚染された空気を求めている。
全てを忘れさせてしまうような激しさが、脳を麻痺させていたのかもしれない。
同じように、
静雄は気づいていなかった。
自分が臨也を見る目は……情熱に満ちたものであったということに。
大事にするような……愛しむような目であったということに。
お互いがお互いに、溺れていた。
「――はっ……はっ、っ……」
ねっとりと静雄が唇を離すと、二人を繋ぐ銀糸はすぐに容易く千切れてなくなってしまう。
臨也にとってディープキスははじめてなどではない。むしろ、それ以上のことだって経験済みだ。
しかし、今のキスは、静雄のキスは今まで経験したそのどれとも違う。
今の今までろくに呼吸できていなかった分を埋め合わせるように、酸素を取り入れる臨也を見て、静雄が余裕の笑みを浮かべた。
「俺にんな姿晒していいのかぁ? イザヤ君よぉ…」
――なんだこいつ、全然元気じゃないか。
臨也はチッと大きく舌打ちすると、凄むように静雄を睨め上げた。
「君にそんな趣味があるとは思っていなかったね」
あえて冷静に返すが、内心は熱く滾っている。
それが怒りなのか、はたまた別のものなのかは分からない。
ただ、胸がひどく熱かった。
鼓動の音が、やかましかった。
「勘違いすんな? これは所謂お返しってやつだ」
「……?」
「風邪は移すと治るんだって? じゃあその風邪を手前にくれてやる。手土産だと思って貰っとけ」
「……最低。死ねよ、クソ平和島っ……!」
汚い言葉で罵ってみたものの、静雄の笑みは色濃いままだ。
臨也はフイッと目を逸らすと、勢い良く立ち上がり、そのまま何も言わずに部屋を飛び出した。
「……」
家に一人になった静雄は、暫くぼんやりしていたが、後に自身の前髪を掻き上げ、独白を洩らす。
「何やってんだ、俺……」
♂♀
静雄の住むアパートを飛び出してきた臨也は、二、三歩歩いたところでアパートを振り返った。
――もう二度と助けてやるもんか!
頭がクラクラするのは、体が火照っているのは、全部移された風邪のせい。
だから胸がどうしようもないほど熱いのも、鼓動が煩いのも、風邪のせいだ。
そう勝手に結論づけて、騒ぎ立てる感情を足にこめて前進する。
これが何かの始まりとも知らずに。
新たな物語が綴られていく。
不器用な二人が作り出す、歪んだ、恋の物語が――
始まる……かもしれない。