――今、俺の目の前にいる男は、本当に人間なのか。
全身の毛を逆立てる獣のようだ。警戒と怒りに満ちた冷たい紅蓮の瞳に射抜かれて、背筋が凍り付きそうになる。
そうして俺は、理解した。
俺は奴の触れてはいけない箇所に――図々しくも、軽々と触れてしまったということに。
だが気づくのが遅過ぎた。
全身に莫大な殺意を纏わせて、先の読めない足取りで白刃を輝かせる。
反射的に回避するものの、どう足掻いたって回避しきれない。その連続。
「クソ……!!」
人気のない暗い路地裏で、鮮血が月に向かって高く跳ねる。
――今、俺の真上にいる人間は、本当に人間なのか。
怒涛の勢いで相次いで攻撃を繰り出してくるこいつは人間か。
ネオンの街の夜空へと跳躍して、ナイフを突き立てて俺の後ろ首を貫こうとしている、この淀んだ存在は、果たして俺の知る存在だったのか。
間一髪で攻撃を避けて、ついでにナイフを薙飛ばしてみたが、奴は直ぐにどこからか手品のようにナイフを取り出しては、再び俺へと迫ってくる。
圧されているのは当然俺。そして悪いのも、今回は俺だ。
迸る痛みに責め立てられる。
いつも浮かべている多種の笑みが剥がれた奴の顔は、別人のような気がして怖い。
一切の躊躇いもなく切り開かれる俺の肉。
――今、俺が見ているのは、本当にあの、折原臨也、なのか……?
馬鹿みてぇに自分の欲望に忠実で、理屈ばっか口にして、人を『愛してる』と言いながら簡単に切り捨てる、最低最悪な底意地悪い俺の大嫌いな奴は、こいつなのか?
これは人間か? 臨也なのか?
俺は一体、誰を相手にしている……?
眼前に迫るナイフの切っ先に、俺は初めて命の危機とやらを知った。
Repentance comes too late.
……後悔はあまりにも遅く来る=後悔、先に立たず
臨也の地雷を踏んじゃった静雄の話