池袋の街を歩く。それは竜ヶ峰帝人にとって当たり前の日常であり、また同時にイレギュラーの非日常でもあった。
彼はありきたりな日常を嫌いながらも尊いものだと思っており、この日もまたそんないつもの日常を過ごそうかと何の気なしに街を散策していた。

この街は人々の『日常』に溢れ、『非日常』にも溢れている。
相反する二つを内包する街は帝人に高揚を齎す。
浮かれた気分で何処へ行こうかと思案する。

──今日はどこに行こうか。あ、そういえば漫画の新刊昨日発売だったっけ。漫画ならあの青い店かな。品揃え良いし。

行き先を決めていざその場所へ向かおうと足を踏み出そうとした瞬間、不意に背後から肩を叩かれた。
誰か知った人間がいたのだろうかと思い振り返るものの、予想に反してそこにいたのは見知らぬ外国人だった。道に迷いでもしたのだろうか。だがその割には目前の外国人の表情は困惑した人間のそれではない。

「あの、どうか…しました?」

対応に困り話し掛けてみるが、日本語が解らないのか人の良さそうな笑みを浮かべているだけで何も喋らない。流石に様子がおかしいと気付いた時には何時の間にやら他の外国人に取り囲まれ、退路を断たれていた。
仲間、なのだろうか。その割には人種がバラバラだ。白人黒人がない交ぜになっている。
だが、とりあえず解る事は一つだけ。

──何か危ない。

助けを求められる人間がいないものかと視線を彷徨わせるが、如何せん帝人を囲む外国人達と帝人の身長に差がありすぎて、周囲の様子が全く窺えない。

どこかに連れ去られて売り飛ばされでもするのだろうか。あるいは以前自分が絡んだ矢霧製薬の人買い人体実験の様に、何かの実験にでも使われるのだろうか。
何れにせよ危険な事には変わりはなく、それでも帝人にはこの状況を打破出来る力など有りはしない。

帝人は自分を取り囲む外国人達の顔を見上げた時、いきなり視界がブレたように感じた。いや、帝人の視界がブレたのではなく、目前の外国人がブレたのだ。そしてその外国人はそのまま帝人の視界から消え失せる。
消えた外国人の代わりに現れたのは、帝人の見知った者の一人であった。

「やあ、竜ヶ峰君。大丈夫?」

状況をまるで理解していない、例えるなら母親が転んだ子供にしょうのない子ね、と思いながら大丈夫かと尋ねるような場違いな声音で彼は帝人に語り掛けた。その声に安堵したのか、帝人の肩からほうと力が抜けた。

「折原、さん」
「そ。ご存知折原臨也だけれど…、厄介な事に巻き込まれてるみたいだねぇ」

その秀麗な顔に笑みを浮かべてはいるが、彼が纏う雰囲気は怜悧そのもの。帝人はこの折原臨也という男の事をを既知という程多くの事は知らないが、彼の纏っている雰囲気はあまり嫌いではなかった。

見知った人間が現れて帝人は安堵するものの、この状況を打破するまでは気が抜けない。退路は今まさに臨也が作ってくれた。一緒に全速力で逃げれば何とかなるかもしれない。そう考えた時、臨也に蹴り飛ばされた外国人が何やら喚き始めた。
英語だとは思うが、学校の成績が良くも悪くもない帝人には何を言っているのかなど理解出来る訳もなく。
慌てふためく帝人を余所に目前の男は流暢に異国の言葉を発し始めた。

──英語、喋れるんだ…。しかもすごい上手だ。

何を言っているのかさっぱりだがしばらく会話をした後に、外国人達は走り去って行った。
一体何だったのだろうか。
呆気に取られたまま帝人が呆けていると、視線を帝人へと戻した臨也がニコリと笑んだ。

「最近外国人の犯罪グループが出没してるらしくてね。誰かが絡まれてるなぁって思ったら、竜ヶ峰君の声がしたものだから思わず蹴り飛ばしちゃったよ」
「え、あ…助けて頂いてありがとうございました。…折原さんって英語上手なんですね」
「うん。まあね。喋れないより喋れた方が良いし」

などと曰うが、それをひけらかす事もなく淡々と言う所は流石に大人だなぁと思う。これが帝人の親友の紀田正臣であればその方が女にモテるから!と高らかに不純な動機を宣言していただろう。

「ま、とにかく怪我とかなさそうで何よりだ。気を付けなよ。…君のような子はあんな外国人共から見たら小学生くらいの子供にしか見えないだろうからね」
「う……はい」

その後、助けてくれた礼がしたいから喫茶店にでも行かないかと帝人は申し出たが、生憎と臨也はこれから人と約束があるという事で、それなら次に会った時にでも今日の礼をしてくれ、と言われた。何をご馳走しようか。なんて思うが苦学生がご馳走出来るものなどたかが知れているのだが。
次に会えるのが何時になるのかは分からないが、近々また会えるのではないかと思いながら帝人は歩き始めたのだった。



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『ああ、ご苦労様。これが今回の報酬だ』
『アンタも変な事頼むな。あのガキをただ囲んで何もするな、なんてよ』
『彼の反応が見たかったんだ。まあ、予想以上のものが見れたとは思うけどね』

池袋の町外れにある、打ち捨てられた廃工場。
黒幕気質の黒ずくめの男は得体の知れない笑みを浮かべながら、自分に手を差し出してる外国人に封筒を手渡した。その封筒には今回の報酬が入っており、中身の金が相当な量なのか大して大きくもない封筒は膨れ上がっている。
一般人からしたらかなりの金額であろう大金をやり取りする彼等は、やはり真っ当な職の者ではない。片や池袋で噂の外国人犯罪グループ。片や池袋でも名が知られている情報屋だ。
封筒を受け取った外国人は金額を確認した後、最後に一言『あの件は警察にチクるなよ』と言い残してその場所を後にした。
外国人がその場から完全に去ったのを確認した後、男は何か愉快な事でもあったのかその端正な顔を喜悦に歪ませた。否、狂喜と表現した方が正しいかもしれない程の、狂った笑みだった。

「あっはははははは!楽しみだよ帝人君!早く、早く俺の所までおいで!進化、ああ違う一種の退化かな?早く早く、俺と同じ世界に立ってごらん!」

そうして男はある少年の事を思い浮かべる。
自分が金で雇って差し向けた外国人の犯罪者。それに囲まれた時の少年の表情を。瞳の輝きを。普通ならば怯えて震えるであろう状況の中、僅かに弧を描いた口元を。

それは、笑みだった。
あの少年は確かに────笑っていたのだった。
あの時、少年のその表情を見た瞬間、肌が粟立った。背筋に薄ら寒いものが走った。脳髄に電気が走り神経物質が分泌された。

そう。それを人はこう呼ぶのだ。

──運命だ!ってね。




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