臨也さんと僕が付き合い始めて、一ヶ月が過ぎた。
彼は僕をとても大事にしてくれているし、僕もそんな彼を今ではとても好きになっていた。

けれども、波乱は起きる。
凪ぎ続ける海などないように、僕らにもそれは起こる。
そう。それはある日突然、僕に訪れた。













「こんにちは」
「あれ、帝人ちゃんいらっしゃい!…今日も折原君のお迎え?」
「あ、はい」
臨也さんの働くサロンで、今や僕もすっかり有名人となっていた。
臨也さんと恋人になってからこのサロンを訪れた時、店に入るや否や彼は僕の事を「俺の恋人の帝人ちゃんだよ!可愛いでしょ!」と、それはそれは嬉しそうに大々的に宣ったのだ。
そのせいでその場にいたお客さんに睨まれる事になったのは言わずとも判って貰えると思う。
そして従業員の皆さんは、ただただ僕と臨也さんの関係に驚いていた。臨也さんは格好良いし人気のスタイリストではあるが、身内には相当な変わり者として知られているようで、そんな変わり者がいきなり恋人を連れてきたとなれば、やはり驚愕するしかないのだろう。
そして臨也さんが早上がりの日は、僕がお店まで彼を迎えに行っていた。迎えに来てよ。そう言われたのだが、恥ずかしいから嫌だと僕は拒否していたのだ。けれどもそれはそれはしつこく言うので、最終的に僕が根負けして彼を迎えに行く事になった。
度々訪れる僕を、お店の皆さんはとても良くしてくれる。臨也さんを迎えに来たら裏に通されて、飲み物やお菓子をおすそ分けしてくれた。そのお菓子が、所謂デパ地下でしか買えないような高級品だったりするので、大変申し訳ない気持ちになるのだが。
「帝人ちゃん、良かったらこれ食べて良いよ」
今日もそうやって裏に通され、お茶とケーキを振る舞われた。とても濃い抹茶色のスポンジに、中に小豆がたっぷり入った小豆クリームが巻かれていて、生クリームでコーティングされた見るからに高そうなケーキだ。
「ケーキ買って来たは良いけど余っちまってさー。腐らすのも勿体ないから食べてよ。可愛い女の子に食べて貰えるなら、このケーキも本望だろうさ」
そう言って僕にウインクを飛ばす彼は、このサロンに勤めている六条さん。少しキザな所は紀田君によく似ているが、紀田君よりも女の子への対応がずっとまともだ。……紀田君は、まあ、うん。あの寒さを何とかしたらモテるんじゃないかな。…多分、無理だろうけど。
「すみません、六条さん。ここの皆さんにはいつもご馳走になってしまってて…」
「ああ、良いんだよそんな事。気にすんな気にすんな」
ニコニコと笑いながら六条さんは僕の話し相手をしてくれる。…六条さんも紀田君みたいに女の子大好きな人らしい。彼女と呼んで良いのか判らないが、一緒に遊ぶ女の子がたくさんいるらしく、しかも女の子同士あまり喧嘩にならないと聞いた。…紀田君はこれからもナンパを続けるつもりなら彼を見習うべきじゃないかな。うん。
「でも、臨也さんと、その…お付き合いさせていただいてるとは言え、こんなに色々してもらっているのは何だか申し訳ないです」
「んー…まあ、基本的にこのサロンは色々あって元いたサロンに居られなくなった奴らばっかりでさ。そんな奴らが集まってるからか結構身内意識が強いんだ。折原は相当変わり者だし、野郎だから別に好きでもないが俺らは身内だと思っているし、その身内の彼女なら俺らにも身内なんだよ。…それに帝人ちゃん見てると色々構ってやりたくなるんだよ、何故か」
そう言って六条さんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。臨也さんもそうだが、六条さんも相当な美形だ。このサロンの指名率、リピート率の2トップが彼と臨也さんらしい。勿論技術面もそうだけど、彼らの話術や接客対応を見ていれば確かに納得出来る。…けど、そんな美形ににっこり笑い掛けられたら、心臓がいくらあっても足りない。
「俺も皆も帝人ちゃんは妹みたいな感じですげー可愛いから、妹らしく甘えときな。な?」
………本当に、心臓が足りない。ばくばくと脈打つ心臓を落ち着かせようと六条さんから視線を外したその時、がちゃりと事務所の扉が開いた。
「お。お疲れさん、折原」
「お疲れ。……ろっくんさあ、俺の帝人ちゃんに手出すのだけは止めてくんないかなあ」
「人聞き悪い事言うな。俺は他人の彼女にゃ手は出さないぞ」
臨也さんが不機嫌そうに六条さんを睨みつけるが、六条さんはそれを気にもせずにさらっと流した。二人はほぼ同じ時期にこのサロンのオーナーに雇われたらしく、同期だからか割と会話をする事が多いのだそうだ。
「さて、折原が来たからお邪魔虫は退散するよ。休憩ももう終わるしな。またな、帝人ちゃん」
「あ、はい!あの、お話していただいてありがとうございました」
ひらひらと手を振りながら、六条さんは事務所を出て行った。……もしかして、僕が退屈しないようにわざわざ休憩時間を合わせてくれたのだろうか。そうだとしたら、大変申し訳ない。けど、そうやって気を配れるからこそ、六条さんは人気があってモテるのだろうな。なんて思った。
「臨也さん、お疲れ様です」
「ごめんね、待たせちゃって。さて、今日は夕食どうしようか?どっか行く?」
「あ、いえ。もうおかずとか作って来たので、良かったら僕の家で済ませませんか?」
こうして僕が彼を迎えに来た日には大体外食になるのだが、臨也さんがいつもご馳走してくれる。僕が少しくらい払わせてくれといくら言っても、けしてお金を出させてはくれないのだ。だからと言って、それに甘んじてばかりもいられず、それならば僕が料理を作ってご馳走すれば良いのだと気付いたので、最近は僕が臨也さんに料理を振る舞う事が多くなっていた。
「帝人君の手料理なら喜んでご馳走になるよ。今日は何を作ったの?」
「昨日の夜から豚肉を煮ていたんです。お酢でじっくりと。今回はちょっと美味しく出来たと思いますよ」
「それは楽しみだなぁ!ああもう帝人君てば本っ当に可愛いなぁ!将来俺のお嫁さんになれば良いと思うよ!」
「え?」
お嫁さん?臨也さんの?
あれ、ちょっと待って。これはさりげにプロポーズだったのだろうか。いや、きっと冗談だとは思うけど、でも。
「あ。……ごめん、俺今何て言った?」
「俺のお嫁さんになれば良いよ…って」
「言ってた?え、嘘、」
「あ!わかってます!冗談ですよね!」
まあ…冗談としか考えられない訳で、僕はそうやって臨也さんの言葉を遮って自己完結させた。もし、冗談じゃない、なんて言われたら。
「………あながち、冗談でもない、んだけどな」
「…え?」
今、彼は何て言った?あながち、冗談でも、ない?…という事は、割と、本気だった…?
「まだ付き合って一月しか経っていないけど、さ。将来俺のお嫁さんになってくれたら良いのに、ってのは本心だよ。帝人君、……帝人ちゃん、俺の事もっと好きになってよ」
「…………っ」
不意に臨也さんが僕の顔を覗き込んだ。それもかなりの至近距離で。こんな、格好良い人に迫られて平静を保っていられる程僕は男性慣れしてはいない。
だから僕は。
「あ、帝人ちゃん!」
逃げ出した。脱兎の如く逃げ出した。………だって恥ずかしすぎる!
お店の裏口から飛び出た僕は、通りに出ようと路地を駆けた。…が、僕とは正反対に通りからこの路地に誰かがやって来た。
二人組のその人影は、こちらへと歩み寄って来る。僕はぶつからないようにその二人を避けようとするが、……避けられなかった。擦れ違い様に腕を掴まれてしまったからだ。一体何なのだろうか?
掴まれた腕を離して貰おうと、顔を上げた時───────








コンセントがショートした時のような音と共に、僕の意識は闇に沈んだ。













久々過ぎる美容師臨也シリーズの更新です。お待たせいたしました…!
今回ちょっと急展開になりました。あと、誰も予想だにしなかったであろうろっちー登場(^q^)
こんなのでも楽しんでいただけてたら嬉しいです^^

拍手、ありがとうございました!









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