はてさてどうしたものか。細い路地の目の前には男、男、男。肩がぶつかって折れたから慰謝料よこせと囲まれてしまったのである。ヤの付く職業らしいだいぶ年季の入った見てくれだが言動には年上独特の色気もへったくれもありゃしない。
普通なら「おい姉ちゃん痛てぇじゃねえの、慰謝料は体で払ってもらおうかぐえっへっへ」とか言うもんじゃないの?あ、言わない?そうなの。閑話休題。
「金出せつってんだろ!」
思いに耽っているとガッと胸ぐらを掴まれる。突然の衝動に、痛いなあ、その肩折れてんじゃねぇのかよ。と睨みつけた。むしろ本当に折ってやろうかなんて物騒なことを考えていたが、いやしかし、囲まれてしまっているこの状況でそれをすると私の体の骨がバッキバキにされかねない。それはすごく困る。
脳内では天使と悪魔が討論会をしていた。
「おい聞いてんのかよ!」
いやいや聞く耳なんて持ってないですよ。独りごち顔を上げた。
ぶん、と振りかぶられた腕を見て、あ、と気づく。胸ぐらを掴まれているせいで避ける術はない。男と女の力の差は歴然で勝てる見込みもなく、元からバカ力が備わっているということもない。できることといえば、幽霊が見えることくらいででもそんな能力も今は意味を成さない。
走馬灯が脳裏を駆け巡る。このままぼこぼこにされてゴミ置き場にでも捨てられてしまうのだろうか。私は明日の朝日を拝むことはできるのだろうか。ぎゅっと目をつぶろうとしたとき緑が私の目から零れそうな滴を払って、
「聞いてねェっつったらどうするんだよ」
自分が自分ではないように動いた。口も、腕も足もすべて。
まず降ってきた手を弾いた。驚いて目を白黒させている、私の胸ぐらを掴む目の前の男の手を素早く叩き落し腕を掴み回してブン投げる。周りにいた男どもはまとめてぶつかり一掃されてしまったようだ。
「オラ、どうした、かかってこいよ」
頭に響くは友の声。私の声と彼の声が混ざり合って反響している。えく、ぼ?本当にエクボなのかと問いかけるも体は完全に主導権をあちらに握られているようで口は動かなかったが私の頭がわずかに縦に揺れた。
地べたにひれ伏した男たちはいきなり雰囲気の変わった私の姿に恐れおののいたらしく速足でこの場を去っていく。よっぽど暴力とは無縁そうな雰囲気だったんだろうか。何はともあれエクボに感謝である。
「よォ、怪我はなさそうだな」
頬を丸く赤く染めてにやにやと表情が歪む。自分の顔だと思うと不気味で怖い。そのまま話されると私が私と話してるみたいになるからちょっとやめてほしいな。
思っていることはエクボに筒抜けで、ずるり。身体から何かが引き抜かれたような感覚を軸に体の自由が返ってきた。グーパーグーパーと掌で感触を確かめ、緑の物体に向き直る。
「エクボ、すんでのところで助けてくれてありがとう」
「いいってことよ」
緑、もといエクボはグッと親指を突き出しにかりと笑い、私がずっと気になっていたどうしてここにいるのかという疑問を真っ先に察知し口を開いた。
「シゲオと買い出しついでにたまたま気配見つけてよ、不穏な気配だったもんで急いで飛んできたんだが…」
「しげお?」
誰?なんて言葉はゼェゼェと息を切らして走り寄ってきた男の子を見て吹き飛んだ。なるほど、この子が最近よく聞く超能力者ってわけか。エクボが飛んで行ってしまって驚いて全力疾走で駆けてきてくれたんだな。とてもいい友人を持っているようで私は嬉しいよ。
息が整うのを待ってこんにちはと声をかけた。はじめまして、お噂は兼ね兼ね。エクボの友人です。そういうと慌てて姿勢を整える。いい子だ。
「あっ、はい。エクボにはいつもお世話になって…いるのかな…?」
してるほうなのかな、どっちかなと考える彼が面白くて思わず笑ってしまい、きょとんとした顔で見られた。
「ふふ、そっかそっか。お世話してくれてありがとう。エクボとそのままどうぞ仲良くしてやって。意外といいやつだから」
「はい」
「意外とってどういうことだ!俺様は超いいやつだろ!!??」
あと世話してやってるのは俺様だぞ!ぷんすかするエクボに、はいはいわかってるよとケラケラ笑う私。その光景を不思議そうに眺めるしげおくん。ほほえましい光景である。が、しかしそろそろ日が暮れてしまいそうだ。買い出しの続きがあるならお礼に付き合うよと提案すればしげおくんは渋ったがエクボが快く引き受けてくれた。じゃあ行こうかと歩き出す。
この件をきっかけに私が相談所メンバーと関わるようになるのはまた別のお話。