夕暮れ、ぬらりとした朱色の光が夜の帳に飲み込まれていく時間帯。逢魔が時とも呼ばれるその時間帯に私は路地裏の奥の奥、朱色も届かない暗がりの行き止まりで絶望を見上げていた。


「ゴォ゛―――……グゥ゛―――……」
「ひっ……!やっ、やだ……!こっこないで!」


ぼんやりとしたシルエットしか見えないけれど、こちらに向かって何かを伸ばしてきたそれに情けない声を上げながら後ずさりをする。腰はとっくの昔に立たなくなってるし、後ずさりをするにも後ろには無常にも薄汚れたコンクリートの壁しかない。
ああなんでまたこんな目に!と恐怖から流れる涙でゆがむ視界の中、回らない口の代わりに頭の中で自身の体質に向かって絶叫する。
私は昔からなぜだかこういう得体のしれないものに憑かれやすい性質だった。物をどこかに隠されたり帰り道に後ろからずっとついてこられて足を引っ張られたり、とおせんぼをされて迷子にさせられたりはまだ可愛いほうでトイレやお風呂などの個室に閉じ込められたり金縛りになって至近距離でのぞきこまれたり、私からはうっすらとしか見えない、世間一般では幽霊といわれるそれらはいいように私を弄んできた。
そんな幽霊に弄ばれる人生を14年ほどおくってきたけれども、こうも直接的に生命の危機を感じたのは初めてだった。今まで、やつらが私にどんな危険な目をあわせても最後の最後には靄になって消えていったのだ。
わざと横断歩道で転ばされて車に轢かれそうになったときも金縛りにあわされてもう少しで窒息しそうになったときも、結局やつらは私にとどめをさすことなく歩道に見えない腕で引き戻されたり、緑色の靄になって消えていった。
だから、今日も今日とて後ろからねっとりとした視線をうけながらついてこられていてもまぁ大丈夫だろうだなんて思っていたのに、あれよあれよという間に路地裏に引きずり込まれてしまったのだ。


「グゥ゛―――……イ゛マ゛ァ゛ス゛―――……」
「ひぐ、ぅあ……!」


ぬるりとした冷たいような熱いような、ちぐはぐで不快な感覚が首元をぐるりと囲み私の体を人形のように吊り下げた。喉を締め上げられて息ができず喘ぐように口をあけるけれどもだんだんと視界がチカチカと赤く点滅してきた。ああ、これは本当に死ぬ。おかあさん、おとうさん、先立つ不幸をお許しください。


「なぁああにしてんだこの三下雑魚霊がぁ!!」


怒鳴り声と何かが破裂するような声と共に視界がエメラルドグリーンに染まる。吊り下げられていた体が自由になると同時に暖かいものにしっかりと包まれた。


「ったくよぉ、霊幻なんかの野暮用で俺様がちょいと居なくなっただけでこれかよ……ヤんなっちまうぜ」
「ごほっ…っはっ…」
「毎回毎回こうも雑魚をホイホイつけてこられると目が離せねぇじゃねぇか……俺様がいなきゃお前なんてとっくに悪霊の腹ん中なんだぞなまえ?」


何が起こったかわからずぽかーんとした顔のまま、わかってんのか?ん?と言いながらぽんぽんとあやすように背中をさすってくれる人を見上げる。ほっぺにまぁるい朱色をつけたその人は呆然と見上げる私を見つめて目を細めた。


「まぁこの姿でいってもわかんねぇか……いや、霊体の俺様もみえねぇんだから関係ねぇな」
「え、あ、えと……」
「ん?ああ……もうおっかないやつは追い払った、もう次は絡まれたりすんじゃねぇぞなまえ……っつても無理か、まぁそれは俺様がどうにかするからいいか」


じゃあな、寄り道しないで帰れよ?と最後にするりと呆然とする私の頭をなでて背を向けた人に、慌てて声をかける。


「あ、あの!!貴方は……!」


動揺で思わず裏返ってしまった声を聞いて、路地裏の出口で頬と同じくらい真っ赤な夕日に照らされながら朱色を引き上げて、その人は笑って振り返った。


「さぁ…しいて言うなら、俺様はお前の神様かもな、なまえ」
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