利用してやろうと思っていた。その女、なまえはシゲオ並みに根が良いやつで、万人から「良い人」だと言われるほど出来た人間だ。それならば洗脳したらどうだろうか。皆から好かれる女、性格が良いと褒め称えられる女が「笑窪様に出会って全て救われた」の一言でも言ったらどうだろうか。友人らはなまえを信じて疑わず、俺様の罠に自ら嵌ってくれる。最終的にはそれが友人経由等で伝染して、俺様が世を支配する形になるのだ。そんな未来予想図にアドレナリンが体内に駆け巡り、息切れするほど興奮する。そんな俺様の意図に気付かず、あいつは俺様に話しかけてくる。利用されているとも、いつ洗脳作業に入るかも未知なのに。
「お前バカだな」
「突然私をバカにしてくるの、何なの」
自分と垂直に太陽が上がる頃に、霊幻に頼まれたことを実行するために爪の守衛に憑依した俺様となまえは街で歩きながら話していた。俺様が何を考えてるのかも分かんねーくせに。クスッと笑うあいつに鼻で笑ってやる。
「んじゃあ、私はここで」
なまえは髪を思いっきり揺らして俺様に微笑み、自宅の方面へ向かった。オイオイ、これから出掛けんじゃなくて帰んのか。しかも俺様は置いてけぼりかよ。チッと舌打ちの音を鳴らして俺様もなまえから背を向けようとした。
「…ッやめてください!」
出来なかった。空気の振動で伝わるなまえの叫び声に俺様のモノじゃねぇ脳も身体も反応しやがった。あの声じゃあ、怯えている様子が直ぐに笑った。きっと変な男に絡まれたんだろう。そう思うと、身体に得体の知れない冷や汗が止まらなくなった。背筋に流れる嫌な感覚、同時に全力疾走で張った筋肉が熱を持つ。…筋肉だけじゃねぇ。俺様の頭もカッと熱くなっていた。居ても立っても居られなくなり、なまえが消えていった道に足を進め、あいつの姿を確認する。ーーいた。予想通り男に絡まれている。いかにもチャラ男って感じの奴に腕を掴まれ、裏路地方面に連れていかれそうになっている。なまえの顔は俺様が見たことない程怯えて、足は大寒波の日のように震えていた。掴まれた手首には男の手がずれたときに見え、赤く痛々しそうな手形が白い肌に映える。あの男、跡がつくまであいつの手首握りしめてんじゃねぇか。暴走した身体が空気を欲して、息を荒げている状態にコレだ。…くそったれ。
「おい、そいつ連れてっても満足出来ねーぞ?」
秋の空みたいだ。最初は利用してやろうと思っていた。あいつはシゲオ並みに根が良いやつで、万人から「良い人」だと言われるほど出来た人間だ。それならば洗脳したらどうだろうか、なんて考えていたのに。
「あー…無理だわ」
「えく、ぼ」
「はいはい、泣くな泣くな」
同情でもしちまったんだろうか。関わっていく内に、なまえの感情に触れる機会が多くなってしまったからか?怒りと動揺を露わにする男に向かい、言葉を投げつける。
「あのよォ、こいつを俺様以外のことで泣かしたくねーんだよな」
涙の感情でさえ独り占めにしたいなんて思うのは柄じゃねぇ。でも、んなのもう気にする余裕もねぇしどうでも良い。
「意味分かるか?…こいつに手ェだすなっつってんだよ」
友情破壊案を込めて。
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