幾らシゲオに憑りついている様な状況とはいえ、自身の意思でふらふらとほっつき歩きたい時だってある。特にこれといった目的はなかったが、エクボは何となくの散歩を終え、「霊とか相談所」に戻ってきたその時、ゴトリ、大きな音が聞こえた。室内へ急行したエクボが目撃したのは火曜サスペンス劇場も驚愕の光景。事務所のミニキッチンの付近で人が倒れている。わざわざ顔を確認するまでもない。彼女はここで霊験新隆を手伝うもう一人の人物、みょうじなまえであった。
どうしたものかと長く考え込んでる場合ではない。しかし、何処か転倒した際に殴打し、出血などしていないか調べるにも今の自分の体ではどうにも出来ない。外で他者の体を拝借するにも人通りがなかったと記憶している。霊幻を頼ろうにも依頼か、買い出しの為か、どれくらいで帰ってくるか見当もつかない。
―俺様がやるしかないか
事態が事態である。なまえが望んだか否かなんて言ってられない。エクボはふう、と深く息を吐いてから、彼女の体へ入り込む…つまり、憑依した。
身体を動かした際、落下した何か。霊幻がマッサージの際に使用するバスタオルだった。目の奥で強烈なスパークが起きたミニキッチンと違って、ここは客が寝転ぶ場所だと気付く。だが、直ぐ起き上がり、動き出そうと思ったが倦怠感がそうはさせてくれない。つまり逆に考えれば、自力でここへたどり着くことは不可能だったわけで、誰かが自分をここまで運んでくれたことになる。
「気付いたか」
「エクボ…くん。おはよう」
「失神したのは時間にして5分ちょっと。悪いがお前を動かすために身体借りたぞ」
「あ、ううん。感謝するね、運んでくれてありがとう」
一時間くらい事務所を開けると霊幻さんは言っていたから、彼が現れなかったら短時間とはいえ、自分は冷たい床とこんにちはしたままだったはず。ありがとうを伝えたくて手を伸ばしても、非情にも空を切る。残念と肩を落とせば、エクボ君は笑った。
「俺様は犬じゃないぜ?」
「それでも嬉しかったんだよ。触れたいって思っちゃった」
「視る」ことは出来ても、「触れる」ことは出来ない私だ。エクボ君の触れ心地はあとで茂夫君に聞くとして、目の前でふよふよしている彼に尋ねたい事があるのだ。
「それでどうだったの?」
「何が」
「普段から良い形のお尻だ胸だって言ってたじゃない。私、無防備だったんでしょ?」
霊体では彼もまた私に干渉は出来ない。だが、憑依したら話は別。そう、ちょっとした冗談。何時も好き勝手言う彼へのささやかな仕返しのつもりだったのに。ぬっとエクボ君は私の顔面に近づいて、怒ったような表情でいる。え、何と声を発する間さえ与えてくれず、身体をすり抜けたとはいえ彼は額に体当たり。
「お前の体に異常はない、平気とわかった後も新しく傷をつけないか俺様は不安だったんだがな」
「え、あの」
「嫁入り前の女を流石に好き好んで傷物にする趣味はねぇよ」
大切にしてくれたという感動は、にやり彼の笑顔にかき消された。可愛らしい姿と不釣り合いなそれは色気たっぷり。どきり、心臓が大きく跳ねて、頬には熱が集まっていくのを自覚した。
「なまえが望むなら…また、な?」
「!」
なんて声で囁くのだろう。失神前とはまた違うくらくらする頭。また気絶してしまったら、そう責任を取ってくれるのか。
「そんなに硬くなるなって。今はゆっくり休めばいい」
私たちは交われない。そう彼もまたよく知ってるはずなのに彼はにゅっと手を出して、ポンポンと頭を撫でる真似事をする。上級だか、そうだか知らないけど、悪霊の癖に…ピンチに助けてもらったけれど、感情を酷く掻き乱されている今を思うと、ヒーローというよりはヒールみたいな彼だ。