指折り数える夜の歌
――アンサモンプログラム、スタート。
霊子変換を開始 します。
レイシフト開始まで あと3、2、1……
全工程 完了。
グランドオーダー 実証を 開始 します。
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藤丸立夏はアルコールに滲む意識をどうにか揺り起こした。
陽気で気風の良い海賊たちとの宴は騒がしく、しかしそこには人の営みの幸福があった。その思いのまま眠ってしまえばいいものの、彼は隣で健やかな寝息を立てている後輩を起こさないように、慎重に体を起こす。それから、簡易テントをこっそりと抜け出た。
夜の単独行動は褒められたものじゃないだろうが、冷たい夜風は酔いを覚ますのにうってつけだ。
空を見上げれば、月はいびつに丸く白い。
立夏は月明かりに目を凝らして、指折り、今日起こった出来事を振り返る。
――第三特異点、いきなり海賊船、海、船旅、ワイバーンに次ぐワイバーン、聖杯を胸に抱いた女海賊、明日からは彼女たちが力を貸してくれる、お酒の味、二人のマシュ。
今日も目まぐるしいほどに目まぐるしい。こうして彼が記憶を整理するのが日課になったのも、その目まぐるしさに順応した証だろう。彼は慣れないことにも慣れて、慣れることにも驚かなくなった。
特異点の夜は、静かで騒がしい。人の声はなく、梟や虫の声もしない。ただ風の音や木々のざわめき、海の潮騒ばかりが耳に付く。
立夏がふとこぼしたため息ですら、闇を震わせる。
「眠れないのか?」
それでも彼は、音もなく少年の背後に現れた。
言葉が立夏の耳に届くと同時に、布がすれるかすかな音がする。立夏は反射的に振り返り、声の主をきつく睨んだ。敵意は感じない。むしろ佇まいは静かすぎるほどで、手の甲に刻まれた令呪をきつく握りしめながらも少年は声を上げることが出来なかった。
「子どもが、このような夜更けに寝所を離れるとは」
「関心しないな」。影がつぶやく。その声は穏やかで、こんな状況だというのに立夏の瞼は重たくなってきた。まるで子守唄のような響きだ。
それでも立夏は必死に目を凝らして、影の正体を突き止めようとする。
背の高い男だ。服装は細かく判別出来ないが、裾に向かって広がるシルエットから見るにどこかの民族衣装のようだ。海賊には見えない。
「なんのようだ」
→「貴方は誰だ」
影が纏っている布が、風に棚引いた。
「……さて、な」
瞬きの間に、目前には二つの月。それは瞳だ。
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気づけば朝で、気づけばテントの天井。
「あれ、おはようございます先輩。今日は早いですね」
もう身支度を終えたらしいマシュが、テントの入り口を持ち上げながら笑った。朝日が彼女の薄紫の髪を透かしてキラキラと輝いている。
→「おはようマシュ」
「今日もかわいいね」
「はい、おはようございます」
体を起こしながら、立夏は昨夜のとこを思い返す。
あの男が、自分をここまで運んでくれたんだろうか。まるで夢のように思えたが、夢のような現実には慣れていた。
「先輩?」
「なんでもない。朝ごはんはなに?」
→「今日もマシュはかわいいな」
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