マジックアワー

 言葉にしてから、すとんと何かが胸に落ちた。
 ああ、そうか。私は、はじめて話した時からずっと、忍足に恋をしている。

「好きだから」

 なんであんなに必死に否定していたのかわからないほど、忍足のことが好きだ。
 口に出した途端、顔に血が登るのが分かる。誰かに告白するのなんてはじめての経験だ。それでも少しも後悔はなかった。ただ心臓はバクバクとうるさくて、鼓動が繋いだ手から伝わってしまいそうで恥ずかしい。

「――え?」

 突然の告白に、忍足はらしくなく目をまん丸く見開いている。
 やっぱり、彼の虚をつかれた時の表情はかわいいと思う。普段は大人っぽい顔が、一気に幼くなる。そんな顔をさせているのが自分だと思うと、なんだか胸の奥がムズムズとして、居ても立ってもいられないような気持ちになった。

「私、忍足のことが好き」

 もう一度、しっかりと目を合わせて告げる。
 忍足の優しいところが好き。面白いところが好き。きれいな横顔が好き。髪を結んでるときが大好き。時々皮肉屋で、でもお人好しで、意外と照れ屋なところが好きだ。
 でも優しくないときも、面白くないときも、きれいじゃないときも、髪を結んでないときも、きっと好きだと思う。
 どんな忍足でも、楽しいときには隣にいてほしい。嬉しいときにもそばにいてほしい。きれいな夕焼け空を見るなら、この人と一緒がいい。

「はじめて、勘が当たった」

 自然と、顔が笑顔になる。
 『私はいつか絶対に、忍足侑士のことが好きになる』。バカみたいな予想はバカみたいに的中して、でも私はバカだから、気づくまでに随分と時間がかかってしまった。

「……」

 言葉を失った忍足越しに見える空は、金色とピンクと淡い紫。
 マジックアワーだ。太陽が沈んで、影がなくなって、全てが幻想的に見える時間。
 まるで夢みたいな光景だけれど、繋いだ忍足の暖かい手が、痛いくらい跳ねる心臓が、これは現実だと教えてくれる。

「俺は、ヒナちゃんのことそんな風にみたことないねん」

 それは、まあなんとなくわかっていた。
 これは勘とかそんなんじゃなくて、一緒にいる時の忍足の雰囲気とか、彼が私のことを見るときの目とか。きっとちょっと仲のいい女友だちの域を超えられてないんだろうなというのが、察せられた。

「うん」

 改めて言葉にされてショックじゃないわけじゃないけれど、どうやらそれでも諦められそうにはない。
 私が忍足を思うように、いつか彼も、

「いい友だちだと思ってる。でも……けど……」

 私のことを好きになってくれればいいのに。そう願ってしまう。

「けど、なぁ」

 忍足の顔が、ほんのりと色づいた。

「さっきから、俺、なんか変やねん」

 忍足について私が知っていることはそんなに多くない。
 テニス部のレギュラーで、伊達メガネで、恋愛小説が好きで納豆が嫌い。

「ヒナちゃんのこと見てるだけで、ドキドキしてしゃあない」

 それと、

「……死ぬんかな?」

 照れるとボケて誤魔化そうとする。

 全身から力が抜けて、私は教室の床にへたり込んだ。
 繋いだ手から伝わるドキドキが、自分だけのものじゃないことに気がついたからだ。

「し、死なないでよ」

 頭がクラクラして、まともに働かない。あんまりにも早く願い事が叶ってしまった。

「なんや、ツッコミにキレがないなぁ」

「無理、言わないで」

 泣きそうなのを堪えているのに、ウィットに富んだ巧みな会話なんて出来るもんか!
 好きな人だけど、好きな人だからこそ忌々しくなって睨みつける。

 睨みつけた先の忍足の顔が眩しくて、やっぱり泣いてしまった。

「……俺も、ヒナちゃんのことが好きや。多分、はじめて話した時から」
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