カレーとからあげ

「そうだ、侑士。今日は俺、納豆食うから!」

 昼休み。学食に向かう道すがら、隣を歩いていた岳人は思い出したように言った。
 『食うから』お前が我慢するか別々に食べるか、どちらでも。ということだろう。
 東京に越してきて三年。こちらの味にも大分慣れたけれど、納豆、あいつだけはいまだ許せずにいる。

「朝メシ、食えへんかったんか?」

「そうそう。一日一回食わねえと調子でねえからさあ」

 俺は少しだけ悩んで、読みかけの本を持ってきていたことを思い出す。通学時間に少しずつ読み進めていたのだが、ちょうど三角関係も佳境に入ってきていたところだ。

「そんじゃあ、たまには購買でなんか買おかな」

「悪いな! でもよぉ、なんで納豆食えねえの? うまいじゃん」

「……岳人とは、まだ友だちでおりたいわ」

 「なんだそれ」と快活に笑う友人を置いて、Uターンをする。
 ――納豆なんてバイオテロやろ。言わんけど。
 それなりに賑わった購買で、いなり寿司とからあげを見繕う。買ってから妙な組み合わせになってしまったなと頬を掻いた。

 しかしこんなことで後悔するのもアホくさい。気を取り直して……さて、どこで食べようか。
 氷帝の敷地は広く、テラスやサロンなどもあるため選択肢には事欠かない。逆を言えば、選択肢が多くて迷ってしまう。





「ひとり?」

 教室に本を取りに戻ってから適当なベンチを探していると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、最近話すようになった女の子がいた。
 日南響子。通称ヒナちゃん。

「せやねん。岳人が納豆の日やから」

 ヒナちゃんも納豆がキライなのか、うえっと顔をしかめた。
 彼女のことは、実は話す前から知っていた。その明るく脱色された長い髪は一年生の頃から目立っていた。短く切ったスカートからすらりと伸びる足は細く、顔立ちは華やかな美人さん。大人っぽいその姿に、東京の女の子やなあと、純朴な俺は思ったものだった。

 その印象は今でもあまり変わっていない。やっぱりちょっと目を見張るくらいきれいな顔をしているし、髪色は明るい。そして今日も彼女のスカートは、こっちがハラハラするくらい短い。
 ノーネクタイで、足元はどう見ても指定じゃない真っ青な靴下。極めつけに黒いYシャツ。学校指定のものは辛うじてスカートだけ。
 どちらかと言うとお嬢様寄りの女の子が多い氷帝学園では、毛色が変わった存在だ。それでもヒナちゃんなんて呼ばれて友だちも多いので、浮いているというわけではないんだろう。

「でも丁度よかった。一緒に食べようよ」

 それもそのはずで、彼女は話してみるとその派手な外見に似合わずなかなかに愉快な性格をしている。俺も彼女と話すのは嫌いではないので、「ええよ」と快諾をする。
 どこで食べるのかと問えば、「二人っきりになれるところ」と微笑みを向けられた。

 そうやって大人っぽく笑ったかと思えば、飲めもしないブラックコーヒーを「今日はいける気がする」と購入する。彼女の『気がする』は、百パーセント気のせいだ。




 
 「副部長特権〜」とご機嫌なヒナちゃんは、新聞部の部室に着いてそうそう弁当箱を広げた。それと同時に部屋を満たすのはカレーの匂い。

「さすがに友だちの前で、これはね」

 いつもの可愛らしい弁当箱と違い、今日のはほとんどタッパーウェアのようなものだった。ヒナちゃんは少し恥じらったようにはにかむ。

「俺は友だちちゃうん? 悲しいわあ」
 
「昨日カレー作りすぎちゃって」

「無視かい」

 「うそうそ。忍足も友だち友だち」と笑う友人を睨みつつ、俺も向かいの席に腰を下ろす。その前に、窓を開けて。
 ここは教室より少し小さいくらいの広さで、会議室用の長机が部屋の中心に置いてある。それ以外はファイルの並べられた棚がいくつかと、PCが一つというシンプルさだ。

「ヒナちゃんって料理するんや」

 「意外」と呟けば、彼女の目は明後日の方向に泳いでいった。

「次の家庭科の授業、調理実習だからー……だから、その」

 珍しく歯切れが悪くなる。ヒナちゃんは口元を隠すように手をやった。
 よくよく見れば、その白い指先には絆創膏が貼られている。いつもは薄くマニキュアが塗られた長めのツメも、短く摘まれていた。

「ヒナちゃんって、けっこう見栄っ張りやな」

「白鳥のようでしょ?」

 平然とした返しに、からあげを喉につまらせそうになる。俺は慌ててヒナちゃんが結局飲めずに持て余していたコーヒーで、無理やり流し込んだ。

「ええように言うなあ」

 軽く咳き込みながらも、自然と笑みが溢れる。彼女を日南と呼んで話題に上げる同級生たちは、「喋らなければなあ」とよく言っていたものだったけれど。

「白鳥の羽ばたき、食べてみてよ」

「やめて。重ねてこおへんで」

 俺は端から見ているより、実際に話す彼女のほうがずっと好ましいと思う。
 差し出された弁当箱、もといタッパーから、いなり寿司についてきた割り箸でご相伴に預かる。

「どう?」

 ヒナちゃんはじっくりと噛みしめる俺を見つめて、神妙な顔をする。
 ――冷えたカレーは、嫌いではない。味付けも中辛。塩辛いとかはとくにない。ただ、 

「……ヒナちゃんとは、まだ友だちでおりたいから」

 人参もたまねぎも素材の味と食感が大事にされている。ちょっとでかく切り過ぎとちゃうか?

「ストレートな感想をありがとうね」

「あ、もしかして今日Yシャツが黒いんは」

「カレーだからだけど?」
[ 3/10 ]
[*prev] [next#]
[ back to top ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -