└2

 テスト期間が終わった放課後、私はアイス代の徴収にテニスコートへと向かった。二週間ぶりの部活動に、見ている女の子たちの歓声はいつも以上だ。
 
「きゃー跡部様ー!」

 私も叫んでおく。こういうのは乗らなければ損だと思う。
 身近にキラキラした存在がいるというのは、学校へ行くいい活力になる。『跡部様』が入学してきた年の校内新聞の一文だ。
 ほんとに、キラキラしている。カリスマだとかオーラだとかレジェンドだとか、そういうものってこういうことをいうんだと思う。

 そのキラキラの隣のコートでラケットを振るう忍足。これまたピンク色の声援が飛び交っている。氷帝の天才の名は伊達ではないらしく、バシンバシンとボールが相手のコートに沈んだ。
 
 さて、私も部活動に勤しもう。
 フェンス越しの写真でもよかったけれど、やっぱりコート内で撮影したものだと反響が違う。アイスふたつ分。これくらいのことはしてもらっていいはずだ。
 マネージャーの女の子に声をかけると、忍足がすでに話を通しておいてくれたらしく、あっさりと中に入ることが出来た。
 邪魔にならない場所に案内してもらって、折角なので三脚を使う。「本格的だな」と向日に笑われた。

「キレイに撮ってな」

 すると、練習に区切りがついたのか忍足がこちらに近づいてきた。白い肌にはうっすらと汗がつたっていて、そのくせ表情は、この間のインタビューの時よりずいぶんと晴れやかだった。

「かっこよく撮ってあげるから、早く試合してきてよ」

「いややー。休ませて」

 忍足はふはーとわざとらしく息を吐きながら、すぐそばのベンチに座った。「一枚いい?」とカメラを構えたが、休憩時間は事務所NGらしい。来て早々にやることがなくなってしまった。
 仕方がないので、私も彼のとなりに腰を下ろした。

「忍足って鼻高いね」

 暇つぶしに友人の横顔を見聞する。すっと通った鼻筋と薄い唇、前髪からのぞく切れ長なつり目。どこを取っても男前で、きれいな横顔。

「なんやねん急に」

 俺の鼻はいつもこんなもんやで。と混ぜっ返される。当たり前だ。急に鼻が高くなったり低くなったりするのはピノキオくらいなもので――私は『忍足は照れるとボケる』とメモ帳に記した。
 それを横から覗きこんでいた忍足は、「……俺んことはもうええから。他のやつらの練習も見とき」と不満げに唇を歪める。

 先ほど忍足がいたコートでは、向日と宍戸がラリーをはじめてた。弾むボールを目で追っていると、空の青とコートの緑、ボールの黄色で目がチカチカしてくる。テニスって大変なんだな。
 そう思いながら目をこすっていると、隣からくすくすとこそばゆくなるような笑い声がする。

「なんや猫みたいやな。目ェこすらんとき、赤くなるで」

 ――まだ、恋じゃない。





 忍足はかっこいいし優しいし話しやすいし面白い。まだ仲良くなってそんなに経っていないが、それでも好きになるには充分すぎるほど彼はいい男だ。
 それなのに、なぜだろう。きっと、まだ恋じゃない。

 やっぱり私の勘は外れるのだろうか。そんなことを考えながら、記事の最終チェックと写真の確認をする。レギュラージャージに身を包みコートに立つ忍足は、我ながらなかなかの男前に撮れている。
 取り込んだ画像をテンプレートにはめ込み、

「しまった」

 レイアウトの拙さが露見する、妙な隙間。段組の失敗である。誰もいない部室に、私のうめき声が沈んだ。ちくしょう。
 息が続く限りうなって、深呼吸。そうだ、今まで誰かが撮った写真を使えばいいんだ。なんと我が氷帝学園中等部新聞部には、歴代テニス部レギュラー陣のアルバムがある。勿論、本人からチェック済みのものだけ。

「お、お、忍足、侑士」

 棚から青い業務用のアルバムの背に書かれた名前を探し、私は立ったまま中を確認する。
 そうだそうだ、彼の人気は一年生の頃からすごいもので、新聞部の先輩方にも可愛いと気に入られていた。
 あどけない顔をした忍足は、まだあまりカメラが好きではないようで、お世辞にも愛想がいいとは言えない表情の写真ばかりだ。

「かわいい」

 当初の目的も忘れて、ページをめくっていく。どんどんと頬の丸みはなくなり、可愛らしい少年からかっこいい男の子に変わっていった。

「やっぱり、別に好みの顔じゃないんだよな」

 そんな失礼なことをつぶやきながら、私はとあるページで、再び雷を受ける。





 気付いてしまった自分のツボ。
 宍戸ではだめなのだ。確かにあのポニーテールがなくなってしまったら残念に思うだろうが、別にあの揺れる髪を見ても心は静電気ほどのしびれも感じない。

 黒く、普段はうっとおしい長髪が、申し訳程度に結んである。
 そんな忍足が、私の心をかき乱す。

「……ヒナちゃん?」

 私の顔の前で手をひらひらとする忍足は、やっぱり私の好みじゃなくて――。

「忍足、アイス食べたくない?」

「最初はぐー」

 それでも拳をつくって微笑む彼は、掛け値なしにいいヤツで、しばらくは、このままでもいいかなと思った。
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