テニス部新聞部

 ――見えない弓矢で射抜かれたようだった。

 三年に進級したばかりの私を射抜いたのは、忍足侑士という同級生だ。
 長身スマート容姿端麗、テニス部レギュラー、関西出身、医者の息子。なんでかダテメガネ。
 彼の名前とそれに付随する情報は、新聞部の敏腕記者である私には当然のことながら届いていた。忍足という名前をちょこっと出すだけで、普段は校内新聞なんて受け取りもしない層もなにやら熱心に読み込んでくれるからだ。(まあ、一面はいつだって『あの男』だけれど。)

 彼のことを知らない生徒も、彼のことを見たことのない生徒も、1500人以上いる大所帯でありながらほとんどいないだろう。例に漏れず私だって片手で足りない程度には、あの目立つのだか目立たないのだかわからない同級生を見かけたことがある。
 ――それでも、あんな風に、それこそ雷に打たれたような衝撃ははじめてだ。
 やっぱりあれは『一目惚れ』なんだろう。まだ全然、好きじゃないけど。





 弓矢だとか雷だとか言ったけれど、特別私と忍足侑士の間になにかが起きたわけじゃない。
 ただ廊下ですれ違っただけ。それなのに、私の中の『勘』が『第六感』が、天啓のように囁いたのだ。
 私はいつか絶対に、忍足侑士のことが好きになる、と。





 確信を持って今日で一ヶ月。まだ忍足侑士のことは好きになっていない。そもそも会ってもいない。遠足に行ったりしていたら忘れてた。
 あと、いまはテスト週間だから……。
 誰にするでもない言い訳を心の中でつぶやく。

 なぜすっかり忘れていた確信を思い出したのかと言うと、目の前に、彼、忍足侑士が座っているからだ。いつもは部活が忙しいからとかわされ続けていた取材を、ようやく了承させた!とは頼りになる部長の弁。

「テスト前にごめんね。さっさと終わらせるから」

 わざわざ部室までお越しいただいているのだからと、ペットボトルのお茶を差し出す。忍足はスマートな手つきでそれを受け取った。
 おっ。思ったより手が大きい。

「どうも。有名税やろって、跡部がゆうてたけど」

 彼はペットボトルをひねりながら、軽く口角を持ち上げた。同い年とは思えない大人びた笑い方だ。

「さっすがキング。言うことが違う」

 調子よく軽口を叩けば、忍足は「せやろ。見習いたくはないけどなあ」と乗ってきてくれる。

「あんなのが何人もいたら大変」

「仲悪いんか?」

「まさか。ただの外野のヤジだよ」

「ふうん」

 跡部景吾という男は、それこそ氷帝に通う生徒にとって共通認識だ。話題に困ったら名前をあげておけ。そんな感じ。こうやって人の話を聞いたりすることが多い私にとっては、ありがたい存在といえばそうだ。
 今回も『跡部様』のおかげで話し出しはスムーズだ。
 私は「さて」とテープレコーダーのスイッチを入れて、質問を始めた。

「忍足くんは」

「忍足でええよ」

 始めたかった、のだけれど。

「……普段呼び捨てしてるの、バレてた?」

「朝、岳人に辞書借りに行ったときにな」

 忍足は人の悪そうな笑顔を浮かべて、「お昼は、忍足の記者会見だからぁ」と、私の口調を真似てみせた。その様子が面白くて、私はついふきだしてしまう。

「それはそれは、失礼しました」
 
「俺も、日南って呼んでええ?」

「日南でも、響子でもヒナちゃんでも」

「じゃあ……ヒナちゃん」

 あっさりあだ名で呼ばれてしまい、ちょっと虚をつかれる。あまり人懐こいイメージはなかったんだけれど。

「やっぱり、足のきれいな年上の彼女がいるってマジなの?」

「なんやそれ。あ、こないだのアンケートみたいなやつか」

「そうそう。あれが意外だった、プラス忍足は女の子慣れしてるらしいから」

 そういう噂がたってるよ。と説明する。半信半疑だったけれど、いまのでちょっと信じそうになった。
 「直近で見た映画のアン・ハサウェイがかっちょいかったから、適当に言っただけやん」と手をひらひらさせる『好みのタイプ:足のきれいな子』。
 その姿はなんというか様になっていて、私はゴシップ記事を書いているんだなあと実感が湧いてくる。

「女の子慣れは……あれちゃう? 俺、姉貴がおんねん」

 なるほど。それと彼の大人っぽさとが相まって、手慣れているよう見えるんだろう。

「アイドルも辛いね」

「アイドルなん、俺。知らんかったわ」

 あれだけ毎日キャーキャー言われているのに? やっぱり他の女の子が有象無象に見えるタイプなんだろうか。

「失礼なこと考えてるやろ。顔に出すぎ」

 忍足はひょいと眉毛を持ち上げて、不満げな顔を作った。図星をつかれた私は、ただ曖昧に笑っておく。
 どうやら彼の勘は、随分とするどいようだ。勘頼りで生きている割に、全くといっていいほど当たらない私には羨ましくある。

「で、インタビューってなに話せばええの?」

「とりあえず、きたる都大会への意気込みを聞かせてほしいな」
 




 インタビューをした日を境に、私と忍足はちょこちょことだが話すようになった。お互い真顔で漫才みたいな会話するから怖いぜ、とはクラスメイトの向日。
 テンションが似ているというか、ノリが近いというか、とにかく話しやすかった。
 忍足は――多分誰のテンポにも合わせられるだろうから、私が彼との会話を楽しむほどではないんだと思う。

「アイス食べたない?」

 それでも昼休みなどに顔を合わせれば、こうやってなんとはなしに話しかけてくれる。

「こないだの記事に、顔写真乗せていいならおごってあげる」

「商売上手やなあ。抹茶がええわ」

「俺イチゴな!」

「ストロベリー向日の分は買いません」

「俺はお笑い芸人か!」

「そったら俺はグリーンティー忍足かいな」

 忍足のことはまだ好きじゃない。それでももう二度と、あの確信を忘れることはないだろう。
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